檻の中

 檻の中で目を覚ました。熱源と呼べるものは、通路を仄かに照らす松明だけだ。冷たい石畳は、ただ横たわっているだけでも俺の身体から熱を奪い、生きる気力さえ削いでいく。

 ただ一つ、心残りがあるとすれば、彼女は逃げ切れただろうかということだ。最後に森の奥へと消えていく姿は確かに見た。しかし、師は凄腕の狩人だ。僅かな痕跡からでも獲物を追い詰める術を心得ている。

 どれほど彼女の生き死にを案じようと、手足に嵌められた枷は、俺が誰かの助けになることを許さない。あるいは他人の心配をするより先に、自分の首が飛ぶことを恐れるべきなのだろうか。

 ふと、カツン、カツンと階段を踏み叩く音が耳に届いた。その足音はそのまま俺の檻の前で止まり、俺はゆっくりと顔を上げる。

 そこに立っていたのは、母だった。優しく、父の課す厳格な修行の数々を乗り越えられたのは、彼女が用意してくれた栄養豊富な食事のおかげだ。さらに言えば、この頑丈な身体も、彼女がそう生んでくれたものだった。

「あぁウィル、我が息子。なぜ、お父様に歯向かったりなどしたの。なぜ、どうして……」

 その声は悲嘆に満ちていた。冷たい格子の中、罪人同然、いやそれ以下の存在と化した息子を前にして、母は心底、絶望しているのだと分かった。

「母上。私は知ってしまったのです。私が狩るものが、私たちと何ら変わらぬ知性と心を持っていることを。一度知ってしまえば、それは毒のように私の心を侵し、この身体から戦う力を奪ってしまったのです」

 母の頬を、つうっと涙が伝った。

「あなたは最早、私たちの息子ではないのね」

 父と同じ言葉だった。さらに、静かに続ける。

「あなたはもう、モリビトとしても、人としても生きてはいけないのね」

「申し訳、ありません」

 俺は項垂れ、床に頭をついた。どうか、この不甲斐ない息子を許してほしい。不出来で、何の役にも立たなかった愚鈍な息子を。

 祈る俺の頭上で、ガチャンと金属音が鳴った。続いて、キィ、と格子が軋む音がする。

「であるならば、もはや、森で生きなさい」

「母上、何を──」

「あなたを入れる墓は、ここには無いのだから」

 そう言って、母はコートの内側から一式の防寒具を取り出した。それは、間違いなく俺のものだった。

「いけません、母上。私を逃がせば、その責は牢番が負ってしまいます。そして、牢番は口を割り、早晩、父上は母上の協力を知るでしょう」

「覚悟の上です。あなたはあなたの道を生きなさい。この街は……森との生き方を間違えてしまった」

 母の呟きに、何かを返そうとした。けれど、その言葉はついぞ形にならなかった。

「さぁ、行きなさい。いくのです!」

 その言葉に背を押されるように、俺は夜の闇へと踏み出した。振り返ることはしなかった。そうして俺は森へと姿を消した。

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