第21話

21、軍法会議継続審議

 宮津は舞鶴からは隣の町である。天橋立で有名な街だ。海沿いの昔からの道を行くと時間的に随分かかりそうなので、遠回りでも舞鶴自動車道を走って30分ほどかかった。警察署の隣に裁判所はあった。裁判所というからさぞかし大きな威厳のある建物かと思いきや、狭い敷地に小さな箱のような建物で、地方の小さな町では裁判も少ないからこの程度で済むのだろうと思った。

 早速、裁判所の中に入って受付で裁判記録の閲覧は出来るか聞いてみると、裁判記録は裁判所ではなく検察庁で保管することになっていると言われた。何処にあるのか聞くとすぐ隣だと言われた。全国どこの裁判所でも国の建物であり、検察庁も国の施設なので仲良く隣に立地している。車もそのまま置いて検察庁の中に入っていくと、受付があり裁判記録の申請の仕方が書いてあった。しかし係の人に聞いてみるとハードルは高く、弁護士や被害者が損害賠償の民事請求のために判決文を読む必要がある場合を除いて、第3者が学術研究のためと言ってもほぼ門前却下されるというのである。その事務官が教えてくれたのは判例は冊子になって出版されていて、弁護士事務所などでは過去の判例が戸棚に納まっていることが多いと教えてくれた。簡単には個人情報を漏らしたりはしないという事なのだろう。杉下と八木は宮津での調査を諦めて福井に戻り、福井の弁護士事務所を訪ねることにした。

 翌日、時間のある杉下が一人で福井市内の弁護士事務所を訪ねた。福井裁判所の近くにいくつかの弁護士事務所が集中しているが、杉下の高校の同級生が所属している事務所を選んだ。高橋・横山法律事務所という事務所でその同級生は横山利一という弁護士だ。訪問理由を話し対象事件の番号と裁判日程を伝えると

「えらく昔の裁判だな。記録がちゃんとあるかどうかわからないよ。」

と言って探してくれた。しばらくすると分厚い冊子を持って来てくれた。

「このページだよ。一緒に読んでアドバイスすると弁護士料を頂くことになるから自分で読んで終わったら言ってくれ。」

と言って仕事に戻っていった。そこから約1時間、メモをしながら判決文を呼んだ。事件の概要は以下のようだった。

「被告 坂本大心 原告 関東軍司法官(京都地方検察庁が継続)

関東軍軍法会議より継続審議 事件発生日時 昭和20年8月2日 罪名 殺人

事件の概要 関東軍第3方面隊第30軍132師団駐屯地で新京市の治安にあたっていた小隊が中国人街を巡回中、中国人ゲリラの家を捜索した際に被告は上官から中国人ゲリラの子供を撃つように命令されたが被告は命令に背き命令した国吉小隊長に銃を向けて撃ち殺してしまった。 その場で同僚らに取り押さえられ、急行した憲兵によって逮捕され軍法会議にかけられた。しかし戦争終結に伴いソ連軍から逃れるため拘置所から出され、日本へ逃れてきた。その後10月20日に福井警察署に自首した。 判決 主文 被告を懲役5年とする。上官を殺害したことは軍規に反し許しがたいが、上官の命令も民間人である1歳程度の幼い子供を撃ち殺せという無慈悲なものであり、しかも中国から帰還後、自首を選んだことから情状を酌量するに値する。」

という内容だった。この内容をメモに書き写し、杉下は弁護士事務所を後にした。

 杉下は携帯電話で八木に連絡して役場で会おうという事になり、福井市中心部から永良寺町の中心部にある永良寺町役場に向かった。役場の駐車場は平日の昼間という事もあり来訪者の車がいっぱいあったが、空いているスペースを見つけて駐車するとすぐに八木の勤務する教育委員会文化課の部屋へ向かった。文化課は役場庁舎横の別館の3階にあり、職員の事務部屋の隣は作業スペースで発掘作業をした遺物をクリーニングしたり、土器をつなぎ合わせたりする部屋になっている。八木はその作業部屋で拓本してきた線刻磨崖仏の写しを額に入れる前にしわを伸ばす作業をしていた。杉下が八木に声をかけると待ってましたとばかりに薄汚れたパイプ椅子を杉下の前に差し出して座るように合図した。

 杉下が弁護士事務所でメモしてきた内容を報告すると八木もやりきれない気持ちになり、ふさぎ込んだ表情で杉下の顔を覗き込んだ。坂本大心はどんな気持ちだったんだろう。判決文では中国人ゲリラの子供とあるが、子供は無関係だろう。10歳程度ならベトナム戦争でも兵士として戦っていた事例もあったかもしれないが、1歳程度では兵士のはずがない。戦争行為ではなく殺人を強要されたことになる。それでも上官の命令は絶対なのだろうか。戦争とは究極のリアリズムだともいうが、戦場での上下関係は絶対だったのだろう。

 坂本大心のことを調査しているうちに2人とも彼に親近感を感じるようになり、家族か友人を探すような感覚になっていた。

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