第12話 一陽来復、新しい光

冬至の夜が明け、地平線の端から、昨日までとは明らかに違う「力強い光」が溢れ出した。


カイルは、浄化魔法で曇りひとつなく磨き上げた窓を開けた。 「……ああ。空気が、動いている」 頬を撫でるのは、ただ冷たいだけの風ではない。その奥底に、凍土の下で眠る生命たちが一斉に寝返りを打ったような、微かな胎動の匂いが混じっている。


「――おい、カイル。いつまで呆けている。一陽来復、太陽の復活だ。管理栄養士として、今朝の献立にはひときわ気合を入れてもらわねば困るぞ」


肩の上で、銀の匙に宿ったルキウスが、朝日に照らされてシャンパンゴールドに輝きながら言った。


「わかってるよ、ルキウス。今朝は、とびきり澄んだ水で淹れたお茶と、昨日の南瓜の残りに少しのお餅を入れた、お祝いの朝食にしよう」


カイルは外へ出た。 庭の隅、雪の重みに耐え抜いた「ねこやなぎ」が、銀色の柔らかな花穂(かほ)を風に揺らしていた。指先で触れると、絹のような滑らかな感触の向こうに、春を待ちわびる確かな熱量を感じる。


「おはよう、ねこやなぎ。……おはよう、世界」


カイルが呟くと、村のあちこちから扉の開く音が聞こえてきた。


「おはようございます、カイル様!」 フィーネが、清々しい顔で駆けてくる。彼女の瞳には、かつての怯えや絶望の影は微塵もない。 「おはよう、フィーネ。昨夜はよく眠れた?」 「はい! こんなに深く、穏やかに眠れたのは生まれて初めてです」


広場へ向かうと、かつての略奪者だった男たちが、自発的に雪かきを始めていた。彼らはカイルの姿を見ると、照れくさそうに、けれど真っ直ぐに視線を合わせてきた。


「おはよう、カイルさん」 「おはよう。……いい仕事だね。腰を痛めないように、三分ごとに背筋を伸ばすといいよ」


何でもない「おはよう」という言葉のやり取り。 宮廷にいた頃、その挨拶はただの「記号」だった。相手の機嫌を伺い、自分の立ち位置を確認するための、刺々しい武器でしかなかった。 けれど、今のカイルにとって、それは世界と握手を交わすための、奇跡のような旋律だった。


「……ルキウス。僕のコップ、見て」


カイルは、自分の心の内側に意識を向けた。 かつて泥水で溢れかえり、ひっくり返して空っぽにした器。 そこには今、冬至の夜を越え、浄化された新しい光が、澄み切った水となって静かに、なみなみと満ちていた。


「満ち足りているな。……カイル。お前が手に入れたのは、国を滅ぼす魔力でも、王座に座る権力でもない。……『自分の人生を、自分の手で選び取る自由』だ」


「うん。……地獄のような宮廷に戻らなくてよかった。あそこで数字に追われる日々を正解だと思い込んでいたら、僕はきっと、このねこやなぎの美しさにも気づけないまま、心が死んでいたと思う」


カイルは、村の街路樹を見上げた。 昨夜のシャンパンゴールドの余韻を残しながら、朝日を浴びて輝くその景色は、もはや「聖域」という言葉さえ必要ないほど、当たり前の「故郷」になっていた。


「救援力って、きっとこういうことなんだね。……特別なことじゃない。温かいスープを飲み、ゴミ(運)を拾い、大切な人に『おはよう』と言えること。……それができれば、そこが聖域になるんだ」


カイルは、勢いをつけて、新しい一日へと一歩を踏み出した。 空っぽだったからこそ、こんなにも豊かに光を受け止めることができる。 新しい光は、カイルと村人たちの背中を、どこまでも温かく、力強く押し続けていた。


――完(全12話・大団円)


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