第10話 『シャンパンゴールドの聖域 〜ひっくり返したコップの先に見えた光〜』

辺境の夜が、シャンパンを注いだばかりのグラスのように、シュワシュワと黄金色の光で満たされていた。


「――わあ、見てカイル様! 街路樹が、本当に魔法の枝みたいです!」


フィーネが歓喜の声を上げ、カイルの腕を引いた。 村の入り口から続く約一キロの並木道。かつては寒風に震える枯れ枝に過ぎなかった木々が、今、七十万球を超えるようなシャンパンゴールドの光を纏っている。カイルが「運」として拾い集めた魔獣の鱗や古い鉄片が、浄化の魔法を受け、地上に降りた星々へと生まれ変わったのだ。


「ああ、本当に。丸の内仲通りの記憶が、この異世界でこんなに温かく咲くなんて思わなかったよ」


カイルは、浄化された冬の空気を深く吸い込んだ。 鼻腔をくすぐるのは、冷涼な森の香りと、ヒュッテから漂う焼き立てのパンやスパイスの甘い匂い。


今、村では過去最大規模の収穫祭が開催されていた。かつて泥を啜るようだった村人たちも、今夜は思い思いの厚手のコートを纏い、笑顔で「黄金の回廊」をそぞろ歩いている。


「いらっしゃい! カイル様のレシピで作った、巨大シュトーレンだよ!」 「こっちは熟成したクリスマスハムだ! 一口食べれば、魔力が溢れ出すぞ!」


威勢の良い声が響く。広場の中央には、村人全員で力を合わせて焼き上げた、畳一枚分ほどもある「巨大シュトーレン」が鎮座していた。バターとドライフルーツの芳醇な香りが、人々の心の空腹までも満たしていく。


「カイル様、すごいです。村の人たちが、みんな『聖域の主(ぬし)』だって、あなたを称えていますよ」


フィーネが尊敬の眼差しを向ける。かつての盗賊たちも、今はエプロンをしてスープを配り、子供たちと笑い合っている。ここはもう、不毛の辺境ではない。誰もが自分の中に「光」を持っていることを思い出した、聖域なのだ。


「主、か。……そんな大層なものじゃないよ、フィーネ」


カイルは、広場を照らすシャンパンゴールドの光を優しく見つめた。


「この光はね、僕が一人で灯したものじゃない。皆が落ちていた『運』を拾い、皆が『おいしい』と言い合って、皆が『心地よさ』を求めた結果なんだ。僕はただ、コップをひっくり返すお手伝いをしただけだよ」


「……コップを、ひっくり返す?」


「そう。溢れそうな不安や恨みを一度捨てて、空っぽになった場所に、この温かな光を注ぎ直したんだ」


その時、銀の匙に宿ったルキウスが、カイルの耳元でチリリと鳴った。


「フン。管理栄養士として言わせてもらえば、この祝祭の熱量こそが最高の滋養だ。カイル、お前の『心のコップ』はどうだ? 今、何が満ちている?」


カイルは胸に手を当て、そっと目を閉じた。 そこにあるのは、かつての宮廷での冷たい数字ではない。 焚き火のはぜる音、お雑煮の餅の柔らかさ、大切な人が隣にいる安心感、そして自分を信じてくれる仲間たちの体温。


「……感謝、かな。ルキウス。すべてが満たされているよ」


カイルは、広場の壇上に上がった。 数えきれないほどのシャンパンゴールドの光が、彼の瞳の中に反射(リフレクション)して、一陽来復の奇跡を告げている。


「皆さん! 乾杯しましょう! この光は、僕たちの『丁寧な暮らし』が勝ち取った、明日への希望です。メリークリスマス、そして、一陽来復(いちようらいふく)!」


「「「メリークリスマス! 一陽来復!!」」」


村中に響き渡る乾杯の声。 黄金色の回廊の下で、人々は肩を寄せ合い、温かなスープを啜り、この奇跡のような一夜を噛み締めた。 追放された男が築いたのは、城でも国でもなかった。 それは、誰もが「生きていていいのだ」と心から思える、世界で一番温かな『心の居場所』だった。


夜空には、新しくなったスカイツリーのような一筋の光が、未来を指し示すように高く、高く昇っていった。


――完(全10話・完結)


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