第6話 『運を拾う手、心を救うお雑煮 〜辺境の結界と「おいしい」の奇跡〜』

「――カイル、何を拾っている。そんな禍々しい魔獣の角など、普通の人間なら忌み嫌って遠ざけるものだぞ」


ルキウスが銀の匙をチリリと鳴らし、呆れたように声を上げた。


カイルは膝をつき、雪の中に半分埋もれていた黒い塊を拾い上げた。それは強欲な魔獣の抜け殻の一部であり、ひび割れた古い鉄の鍬(くわ)の破片だった。村の者たちは、これらを「不吉な残骸」と呼び、呪いを恐れて目も合わせようとしない。


「ううん、ルキウス。これはゴミじゃないんだ。……大谷選手っていう、僕の世界の偉大な英雄が言っていたんだよ。落ちているゴミは、誰かが落とした『運』なんだって」


カイルは、浄化魔法を纏わせた金色のトングで、その残骸を丁寧に拾い上げた。


「人が捨てた悲しみや、誰かが諦めた欠片。それを僕が拾って、大切に磨き直せば、それは新しい『ツキ』に変わる。……ほら、見てごらん」


カイルが指先からシャンパンゴールドの光を流し込むと、泥まみれだった鉄の破片が、柔らかな光を放つオーナメントへと変容した。彼はそれを、家の生垣や街路樹の枝にひとつひとつ吊るしていく。


「……信じられん。負の遺産を、守護の結界に作り替えるとはな」


ルキウスも驚きを隠せないようだった。 カイルが「運」を拾い集めるたびに、廃屋の周囲にはシャンパンゴールドの光が満ちていった。それは、かつて丸の内仲通りで見たような、上品で温かみのある輝き。八十万の星が地上に降りたようなその光のカーテンは、外敵を退けるだけでなく、行き場を失った者の心を導く「灯台」となった。


その日の夕暮れ。 シャンパンゴールドの光の結界を潜り抜け、一人の少女が雪の上に倒れ込んだ。


「……あ、あ……」


白い髪、長い耳。雪兎族の少女、フィーネだ。彼女の体は氷のように冷たく、呼吸は細い糸のように絶え絶えだった。カイルは慌てて彼女を抱き上げ、薪のはぜる温かな暖炉のそばへと運んだ。


「大丈夫だよ。……今、温かいものを作るからね」


カイルが用意したのは、宮廷の贅沢な料理ではない。 浄化された湧き水、冬至を越えて甘みを増した根菜、そして、大切に保存しておいた「お餅」だ。


「さあ、お雑煮だよ。……僕も昔、これを食べて『たまにはいいよね』って笑ったんだ」


カイルは、丸いお餅がふっくらと膨らむのを、三分間じっと立って見守った。 カツオ出汁に似た海獣の干し肉の香りが、部屋いっぱいに広がる。


「……おい、しい……。なんですか、これ。……体が、溶けていくみたい……」


意識を取り戻したフィーネが、お椀を両手で包み込み、震える唇でお雑煮を一口啜った。 お餅の柔らかな弾力、野菜の滋味。 「おいしいね」 カイルがそう微笑むと、フィーネの瞳から、大粒の涙がポロポロと零れ落ち、お椀の中に波紋を作った。


「……私、ずっと一人で、寒くて……。ゴミみたいに捨てられたんだと思っていました……」


「ゴミじゃないよ。……君も、この世界が落とした『大切な運』なんだ。僕が君を拾ったんじゃない。君という運が、僕のところに来てくれたんだよ」


カイルは、フィーネが美味しそうにお餅を頬張る姿を見て、自分の中の「心のコップ」が、温かく澄んだ幸福感で満たされていくのを感じた。


「……ルキウス。僕、わかったよ。誰かを助けることは、自分を助けることなんだ。この子が笑ってくれるだけで、僕の過去の傷まで治っていく気がする」


「……フン。管理栄養士として言わせてもらえば、その笑顔こそが最大のビタミン剤だな」


ルキウスが珍しく、優しく笑ったような気がした。


外では、カイルが拾い集めた「運」たちが、シャンパンゴールドの光を放ちながら、静かに、けれど力強く、新しい家族の夜を守り続けていた。 おいしいものを、おいしいねと言い合える至福。 辺境の荒れ地は、今、世界で一番温かな「聖域」へと変わりつつあった。


――完。


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