第4話:『一葉の風流(ふうりゅう) 〜完璧の先にある、命のゆらぎ〜』

第4話:『一葉の風流(ふうりゅう) 〜完璧の先にある、命のゆらぎ〜』


廃屋の浄化を終え、カイルの住まいは今や、塵ひとつ落ちていない「清らかな箱」のようになっていた。窓ガラスは透明を通り越して存在を忘れさせ、床は鏡のようにカイルの顔を映し出している。


「……どうだ、ルキウス。完璧だろう? 隅から隅まで、僕の浄化魔法で行き届かせたよ」


カイルは満足げに胸を張った。 しかし、肩に乗った精霊ルキウスは、銀の匙(さじ)をチリリと冷たく鳴らした。


「……死んでいるな」


「えっ?」


「綺麗だが、息苦しい。これではただの標本だ、カイル。お前が宮廷で管理していた、あの無機質な数字の羅列と同じではないか」


カイルは絶句した。 良かれと思って磨き上げた「完璧」を否定され、心のコップが微かに揺れる。


「なら、どうすればいいんだよ。掃除をしろと言ったのは君じゃないか」


「外へ行け。そして、本当の『整え』とは何かを、その身で知るがいい」


カイルは不貞腐れながら外へ出た。 庭は、昨日カイルが魔法の箒で掃き清めたばかりだ。 雪は整然と固められ、落ち葉ひとつなく、木々の枝も魔法で形を整えてある。どこを見ても、非の打ち所がない。


カイルはふと、宮廷で学んだ古い東方の賢者、リキュウの逸話を思い出した。


「……完璧な庭に、手を下すべき場所はない。けれど……」


カイルは、庭の隅にある一本の白樺の木に歩み寄った。 その幹に、そっと手を当てる。 魔法で固められた完璧な静寂。そこには、カイル自身の「支配したい」という欲求が透けて見えていた。


「……ごめんね。君を僕の形に押し込めていた」


カイルは、勢いをつけて、白樺の幹を「ぐいっ」と一度だけ揺らした。


カサリ、と乾いた音が響く。 枝に積もっていたわずかな粉雪と、魔法から漏れていた数枚の枯れ葉が、冬の薄い光の中をひるがえった。 枯れ葉は風に乗り、磨き抜かれた雪の庭に、不規則な、けれどあまりにも自然な点々の模様を描き出した。


その瞬間、世界に「息」が吹き込まれた。


「……ああ」


カイルの目から鱗が落ちた。 無機質な完璧さの中に、自然のゆらぎが加わったことで、庭は「景色」になったのだ。 不完全だからこそ、そこに命の温もりが宿る。


「ルキウス。……終わったよ。僕の掃除が、今、本当の意味で終わった」


「……気づいたようだな。カイル。浄化とは『消す』ことではなく、『命の居場所を作ること』だ」


その時、庭の茂みから「サクッ」と雪を踏む音がした。 枯れ葉が落ちたその場所を目指すように、一人の少女が姿を現したのだ。 長い耳を震わせ、雪のように白い髪を乱した、雪兎族(ゆきうさぎぞく)の少女。


「……あ、の……。ここは、天国ですか……? あまりに、綺麗で……温かい光が、見えたから……」


彼女は、カイルが揺らして落ちた枯れ葉を、お守りのように大切そうに拾い上げた。 完璧な庭だったら、彼女は気後れして入ってこれなかっただろう。 一枚の落ち葉が、行き場を失った彼女の「縁(えにし)」を繋いだのだ。


「……いらっしゃい。ちょうど、スープが煮えたところなんだ」


カイルは微笑んだ。 完璧主義という名の「心のコップ」をひっくり返し、不完全という名の「慈しみ」を注ぎ直した彼には、もう迷いはなかった。


――完。


物語の余韻:

利休が庭の木を揺らした一瞬。それは「人の業(ごう)」を「神の業」に委ねた瞬間でもあります。 カイルもまた、自分一人の力で世界を支配しようとするのをやめ、自然のゆらぎ――そして、偶然やってきた少女フィーネを受け入れる余裕を手に入れました。


これこそが、利休が大成した**「わび茶」**の心。 「足りない」からこそ「美しい」。


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