第1話 元アイドル、マッチングアプリに登録する

 私、木田英空保きだ えくぼ。元アイドルです。もちろん芸名です。今年、三月にアイドルグループを卒業すると同時に芸能界も引退しました。色々あったんです。

 あれから三ヶ月、一般人となっても私は外出を控え自宅にこもる日々を過ごしています。もう、スキャンダルもフェイクも懲りごりです。


──七時のニュースです。本日、婚姻促進に関する特別措置法に関し与党各党が大筋で合意しました。臨時国会で審議が行われ成立する運びとなりました

 そうですか。遂に史上最大級のお節介な法律が成立することになりますか。

 婚姻促進に関する特別措置法。別名、徴婚法と呼ばれています。日本国民は二十六才になると政府が決めた相手と自動的に婚姻を義務づけられることになるんです。

 何が問題かというと私は今、二十四才で今年、二十五才になります。つまり徴婚法が施行される来年には二十六才となり、まさに政府が決めた相手と自動的に結婚する対象者になるのです。そんなの絶対に嫌です。

 だって、どこの馬の骨かも分らない見ず知らずの相手と結婚するんですよ。しかも徴婚法は少子化対策が目的なので、その相手と積極的に子作りすることを求められるんです。そんなことできません!

 結婚するんですから、せめて好みの相手とかであれば良いんでしょうけれど、昨今の世情では自分の好みじゃないから嫌ですだなんてとても言える雰囲気ではありません。少なくとも私は相手を決められても喜んでハイそうですかとはなりません。

 国家なんかに勝手に結婚相手を決められて堪るもんですか!


 今まではアイドルでしたから当然のごとく恋愛はご法度です。中学生の時にアイドルグループに入った私は最も多感な時期を恋愛とは無関係に過ごしてきました。

 それなのに、たった一枚撮られた写真と捏造記事によって私は引退を余儀なくされました。美形の男たちからの数多ある出会いを全て振り切ってきたのにですよ。

 あぁ、えー、まぁ、ですね。うん、嘘です。そんな出会いはただの一度もありませんでした。

 私たちの世代では切っ掛けもなく恋愛できる人の方が珍しいのです。多くの若者たちは恋愛する勇気すら持ち合わせていません。

 そう思っていました。ついさっき、幼馴染みから話を聞くまでは。


 地元にいるその幼馴染みから電話がありました。こいつは未だに電話なんか使っている古臭い人間なんです。その古臭い人間にこう言われたのです。

──実は私、結婚したんだ。入籍だけ済ませて式は来年にする

 もう言葉もありません。入籍という縁のない別世界のキラキラな言葉だけが耳に残ります。入籍したということはその前に恋愛をしている訳で、さらにその前には好きになり告白をしているということなんですよ

──マッチングアプリで出会ったんだ

 マッチングアプリに出会いを求めることは勇気ある人たちの間では当たり前に行われていて、この出会い方にさほど驚きはありません。

 まぁ、私の場合には知らないひとと出会うアプリに登録する勇気すらないんですけどね。でも、驚いたのはこの後でした。

── デキちゃったからさ

 その幼馴染みはアッケラカンとこう言ったのです。その幼馴染みはアプリで出会った相手の子供を妊娠したので結婚したと言うのです。


 この時には理由や手段、経緯はともかく結婚するような相手と出会えたことが羨ましくもあり妬ましくも感じました。だって子供まで授かったんですから。

 私、子供は欲しいんです。何だったら恋愛も結婚もせずに未婚で子供を持てたら最高です。

「で、何のアプリで出会ったの?」

── 『4150よいごえん』。あれは良いアプリだと──

 そこから幼馴染みは堰を切ったように結婚した相手の惚気話を始めました。

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