未知の道

I∀

未知の道

 俺、道端・ミッチェル・光彦。

 みんなからはミッチーって呼ばれている。


 名前に「光」が入っているくせに、人生はいつだって迷子だ。

 朝、目を覚ますたび思う。

 今日もまた、未知の一日が始まるんだって。


 洗面所で顔を洗い、鏡を覗き込む。

 そこに映っているのは、中肉中背、量産型としか言いようのない男。

 特別な何かがあるわけでもない。

 毎日はどこか満ち足りず、空白を抱えたまま流れていく。


 枝毛だらけの髪は、ピンクにブリーチしたせいで完全に息をしていなかった。

 未知の色に染めれば、人生もちょっとは変わる気がした――そんな理由だ。

 髪を引っ張ると、ミチミチと嫌な音が鳴る。

 傷んでいる。俺の髪も、たぶん生き方も。


 玄関を出ると、三叉路。少し歩けば四叉路。

 どっちに進んだって分かれ道だ。

 選択の正解なんて、進んでみなきゃ分からない。

 未知数だ。


 そして今日。

 俺はいつも通らない道で、彼女に出会った。


 美智子――そう名乗った彼女を見た瞬間、胸の奥が揺れた。


 これが衝撃か。

 未知の体験って、きっとこういう感覚なんだと思った。


「ここに行くには……この道で合ってます?」


 地図を片手に、彼女は首をかしげる。

 示された先は、俺の知らない路。

 完全に未知。


「正直、わからないけど……俺でよければ一緒に行くよ」


「え? わからないのに?」


 不安と戸惑いが混ざった声が、ミチミチと詰まっていた。


 歩き出すと、足元の砂利が鳴る。

 ――ミチミチ。


 草は道に満ち、風は路をなぞる。

 それに合わせて、俺の心拍もミチミチと速くなる。


「……迷ってない?」


 そう聞かれて、俺は肩をすくめた。


「迷ってるけどさ。どのみち、前には進んでる」


 彼女はくすっと笑った。

 その笑顔ひとつで、未知が未知じゃなくなる気がした。


 道は曲がり、路は細くなり、やがて行き止まりにぶつかる。

 それでも不思議と、引き返す足取りに迷いはなかった。


 来た道。

 今いる路。

 これから続く未知。


 全部が一本の“みち”になって、胸の奥でつながっていく。


 気づけば夕焼けが道を満たし、空はオレンジ色でミチミチだった。

 俺の胸の奥も、同じ色で満ちている。


「ねえ、ミッチー」


 美智子が言う。


「人生ってさ、迷うから面白いんだよ」


 俺は頷いた。

 もう答えを探す必要なんてなかった。


 どのみち。

 この道も、あの路も、未知の先も――

 彼女と一緒なら。


 きっと、満ち足りた“みち”になる。


 胸の奥が、ミチミチと鳴った。

 それは迷いが、満ちていく音。


 もしかしたら。

 この気持ちが、恋ってやつなのかもしれない。


 未知の感情に戸惑いながら――

 俺は確かに、満ち足りていた。

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