第5話 「語られない伝説」

街道の端に、小さな石標が立っていた。


誰が建てたのかは分からない。

文字も刻まれていない。

ただ、道が二つに分かれる場所に、静かに置かれている。


キースは、その前で立ち止まった。


「……ここか」


腰を下ろすと、息が少し荒くなる。

長く歩きすぎたわけではない。

ただ、時間が積もっただけだ。


杖を地面に立てかけ、空を見上げる。

雲はゆっくり流れ、風は穏やかだ。


昔なら、ここで立ち止まる理由を探しただろう。

歪みがあるか、

危険が潜んでいないか、

誰かを招く必要があるか。


今は、何もない。


【スキル反応:なし】

【役割:未定義】


それでいい。


遠くから、子どもたちの声が聞こえる。

探索者見習いだろうか。

装備はちぐはぐで、歩き方も頼りない。


「聞いたことある?」

「昔、この辺を歩いてた人がいたって」


「すごい探索者?」

「分かんない。名前も残ってないらしい」


キースは、笑った。


語られないなら、それでいい。

名前が消えても、

称号が残らなくても。


道は、ここにある。

安全な時間帯も、

避けるべき場所も、

選び方も。


全部、誰かが拾い、誰かが使っている。


キースは、ゆっくり立ち上がった。

足取りは重いが、迷いはない。


「……よく歩いた」


誰に褒められるでもなく、

誰に認められるでもなく。


それでも確かに、

世界の中を通ってきた。


石標の横を通り過ぎるとき、

一陣の風が吹いた。


一瞬だけ、

白い影が道を横切り、

黒い気配が木陰に溶け、

小さな足音が重なった気がした。


振り返らない。


もう、確かめる必要はない。


語られない伝説は、

英雄にならない。

歴史にも残らない。


だが――

世界が迷わずに回り続けるなら、

それで十分だ。


キースは、名もない道を進む。

どこへ向かうかは、もう決めていない。


ただ、歩ける限り。


それが、

最底辺探索者キースの、

最後の物語だった。


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最底辺探索者キース  第三部:時間経過編「語られない伝説」 塩塚 和人 @shiotsuka_kazuto123

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