第4話 「猫たちの選択、最後の」
夕暮れは、やけに静かだった。
風が草を揺らし、遠くで鳥が鳴く。
焚き火の火は小さく、音を立てない。
キースは、火を見つめながら気づいていた。
――今日は、誰も前に出ない。
ミィは少し離れた岩の上に座り、じっと地平を見ている。
黒猫は森の縁に近い影の中。
シャオはキースの隣に伏せているが、耳は外を向いていた。
「……そろそろ、だな」
誰に言うでもなく、キースは呟いた。
まねきねこは終わった。
力も、役割も、もうない。
残っているのは、時間だけだ。
ミィが振り返り、ゆっくりと近づいてくる。
その歩き方は、迷いがなかった。
「行くのか」
ミィは鳴いた。
短く、はっきりと。
黒猫も姿を現し、キースの前に座る。
目を逸らさない。
理由を説明する必要もない、という顔だ。
シャオだけが、戸惑っていた。
二匹を見て、キースを見て、地面を見つめる。
「……いいんだ」
キースは、シャオの頭に手を置いた。
「選ぶのは、お前たちだ」
ミィは、遠くの街道を見た。
最近、探索者が増えた場所だ。
黒猫は森の奥――まだ歪みの残る地を見ている。
「それぞれ、行き先がある」
キースは、ゆっくり頷いた。
命じない。
引き止めない。
理由も、条件もつけない。
ミィは、キースの額に鼻先を軽く当てた。
それは別れの挨拶ではない。
“確認”だった。
黒猫は、ただ一度、尾を揺らす。
――分かっている。
シャオは、しばらく動かなかった。
だが、やがて一歩前に出て、ミィと黒猫の間に立つ。
「……そうか」
キースは、少しだけ笑った。
「一緒に行く必要は、ないんだな」
それぞれが、それぞれの道を選ぶ。
それでも、選んできた時間は消えない。
ミィは街道へ向かい、
黒猫は森へ溶け、
シャオは――一度だけ振り返り、二匹の後を追った。
キースは、追わなかった。
焚き火が、ぱちりと音を立てる。
「……ありがとう」
誰に向けた言葉でもない。
ただ、胸に落とすための言葉だ。
夜が来る。
星が、一つずつ現れる。
猫たちの足音は、もう聞こえない。
だが、不安はなかった。
選択は、正しかった。
それぞれが、それぞれの世界で歩いていく。
キースは立ち上がり、杖を手に取る。
「俺も、行くか」
最後の選択は、別れではない。
続きだ。
猫たちの選択、最後の。
それは、終わりではなく――
次の物語の、始まりだった。
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