第3話 「まねきねこの最期の仕事」

それは、予兆もなく訪れた。


朝、目を覚ますと、胸の奥が静かすぎた。

いつもなら微かに感じていた、あの“応答”がない。


「……来たか」


キースは、騒がずにそう呟いた。


【スキル〈まねきねこ〉:反応なし】

【状態:終息】


完全な消失ではない。

だが、もう“呼びかけ”には応えない。


ミィが近づき、キースの手に額を擦りつける。

黒猫は状況を理解したように目を伏せ、シャオは不安そうに鳴いた。


「大丈夫だ」


キースは、いつもよりゆっくりと立ち上がる。


「最後に、一つだけやる」


向かったのは、街外れの丘だった。

最近、歪みが不安定だという噂が流れている場所。


若い探索者たちが集まり、対処を相談している。

だが、決め手に欠けていた。


「老人が来る場所じゃないぞ」


誰かが言う。


キースは、否定もしない。

ただ、丘の下に立つ。


ミィが一歩前へ出る。

黒猫が反対側に回り、シャオが低く鳴く。


【スキル〈まねきねこ〉:残滓反応】

【最終起動:可能】


胸が、わずかに熱を帯びる。

もう招けない。

従わせられない。


それでも――

“流れ”は、見える。


「……今だ」


キースは、声を張らなかった。

ただ、地面を指す。


猫たちが動く。

人々がそれに気づき、真似をする。


歪みは、暴れず、

ただ、抜け道を選ぶように移動し、

丘の外へと流れていく。


【歪み:自然解消】


静寂。


誰かが、息を吐いた。


「……終わった?」


キースは、頷いた。


その瞬間、胸の奥が完全に静まった。


【スキル〈まねきねこ〉:終了】


不思議と、喪失感はなかった。


「仕事、終わりだ」


キースは、そう言って笑った。


若い探索者の一人が、恐る恐る尋ねる。


「あなたは……」


キースは、首を振る。


「ただの、通りすがりだ」


丘を下りるとき、ミィが一度だけ振り返った。

黒猫は空を見上げ、シャオは尻尾を大きく振る。


力は、終わった。

だが、役割は、もう世界に渡してある。


まねきねこの最期の仕事は、

何かを救うことでも、

名を残すことでもない。


“もう必要ない”状態を作ることだった。


キースと猫たちは、再び歩き出す。

もう、特別な力はない。


それでも――

世界は、ちゃんと回っている。


それでいい。

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