第2話 「若き探索者と老人」

街道の分岐で、若者は立ち尽くしていた。


地図を何度も見返し、周囲を確かめ、最後に深く息を吐く。

装備は新しく、剣の手入れも行き届いている。

だが、判断が定まらない――その目は、少し昔の自分に似ていた。


「……すみません」


声をかけたのは、若者の方だった。


「この先、どちらが安全でしょうか」


キースは歩みを止め、分岐を見る。

左は緩やかな丘、右は森の縁。

どちらも“正解”になり得る。


「安全かどうかは、時間で変わる」


キースは、そう答えた。


若者は戸惑い、苦笑する。


「探索者の方ですよね?

 はっきり教えてもらえると助かるんですが」


ミィが若者の足元を横切り、左の丘を一度だけ見た。

黒猫は森の縁に視線を走らせ、首を振る。

シャオは二匹の間で立ち止まる。


キースは、何も言わなかった。


「……?」


若者は猫たちの動きを追い、しばらく考える。


「丘、ですか」


自分で出した答えに、若者は少し驚いた顔をした。

だが、次の瞬間、決意が宿る。


「ありがとうございます」


礼を言い、若者は丘へ向かって歩き出した。


数歩進んで、振り返る。


「名前、聞いてもいいですか?」


キースは、首を振った。


「名乗るほどの者じゃない」


若者は不思議そうに首を傾げ、それでも笑った。


「……また、どこかで」


去っていく背中を、キースは見送る。


「いい目だ」


独り言のように呟くと、ミィが鳴いた。

黒猫は静かに目を閉じ、シャオが満足そうに尾を振る。


教えたわけじゃない。

導いたわけでもない。


ただ、選ばせただけだ。


それで十分だった。


夕暮れ、街道は金色に染まる。

キースは杖代わりの木枝を握り直し、歩き出す。


若者は、きっと探索者として生きていく。

やがて誰かに道を聞かれ、

同じように答えを渡すだろう。


名は、要らない。

伝説も、いらない。


受け渡されたのは、

“自分で選ぶ”という感覚だけだ。


若き探索者と老人は、

交わらないまま、確かに繋がった。


それが、この世界の継承の形だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る