第8話 失われた役割

歩き始めて、すぐに分かった。


――何かが、足りない。


景色は変わらない。

異界の色の薄い地平も、曖昧な空間の揺らぎも、以前と同じだ。

だが、キースの内側だけが違っていた。


【探索者役割:限定】

【主導権:無効】


頭の奥に、いつもあった“感触”がない。

進むべき方向を直感的に掴む感覚。

選択肢の重さを量る、あの微かな緊張。


「……これが、失うってことか」


ミィが一歩前に出る。

以前なら、キースが止めただろう場所だ。

だが今は、止めない。


黒猫が反対側を見て、尾を揺らす。

シャオは二匹の間で迷い、キースを見上げた。


「俺に、聞くな」


キースは苦笑した。


「もう、俺が決める役じゃない」


言葉にした瞬間、胸が少しだけ痛んだ。

導かないと決めたのは、自分だ。

それでも、空白は重い。


ミィは考え、黒猫は静かに周囲を測り、

シャオは勇気を振り絞って一歩を踏み出す。


選ばれた道は、決して安全ではない。

だが、進める。


【環境安定:部分成功】


「……悪くないな」


キースは呟く。


探索者として前に立っていた頃、

失敗は自分の責任だった。

今は、違う。


成功も失敗も、分け合う。


だが同時に――

自分が“必要とされない”感覚が、胸に刺さる。


「俺、いなくてもいいんじゃないか?」


ふと、そんな考えが浮かぶ。


ミィが、立ち止まって振り返った。

黒猫も、シャオも。


三つの視線が、まっすぐキースを捉える。


責めるでも、頼るでもない。

ただ――“一緒にいる”という視線。


「……ああ、そうか」


役割がなくなったから、不要になったわけじゃない。

肩書きが消えただけだ。


キースは、深く息を吐いた。


「並んで歩くって、

 こういう不安も含めてなんだな」


ミィが短く鳴く。

黒猫が尾を揺らし、シャオが少し照れたように鳴いた。


【関係性:安定】


探索者でなくなっても、

歩く者でなくなっても。


選び、迷い、立ち止まり、

それでも進む。


役割を失った先に残るのは、

“誰と歩くか”という事実だけだ。


キースと猫たちは、再び歩き出す。

今度は、先頭も最後尾もない。


異界は、静かに道を延ばしていた。

次に待つのは、出口か――

それとも、この世界の終わりか。


失われた役割の先で、

彼らはようやく、

本当の意味で対等になり始めていた。

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