第5話 分断

境目は、突然現れた。


色のない地平を歩いていたはずの足元が、ふいに二つに割れる。

地面ではない。

“進行”そのものが、別々の方向へ引き裂かれた。


「……止まれ!」


キースの声が、意味として響く。


だが、間に合わなかった。


ミィの足元だけが、別の流れに引き込まれる。

距離は数歩。

それなのに、急激に“遠く”なる。


「ミィ!」


黒猫が跳びかかろうとするが、空間が拒む。

シャオは必死に鳴き、ミィの名を呼ぶ。


ミィは振り返った。

怯えてはいない。

だが、迷いがあった。


【空間分岐:確定】

【随伴存在:分離】


「……くそ」


キースは走った。

距離を詰めようとする。

だが、進めば進むほど、分岐は広がる。


異界は、均衡を取る。

“近すぎる関係”を、許さない。


「ミィ、動くな!」


意味は届く。

だが、届くだけだ。


ミィの周囲で、世界の色が変わり始める。

別の位相。

別の規則。


黒猫が、低く唸った。


――このままでは、追えない。


黒猫は、キースを一度だけ見た。

そして、進行方向を変えた。


「……待て!」


黒猫は、ミィとは逆方向へ歩き出す。

均衡を崩さないために、

“重さ”を分散させる選択だ。


シャオが、混乱して二匹を見比べる。


「シャオ!」


キースの声に、シャオは一瞬迷い――

ミィの方へ駆け出した。


「……!」


空間が、さらに歪む。


【分断進行:安定化】


三方向。

完全に、引き離された。


キースは、立ち尽くした。

叫んでも、手を伸ばしても、意味しか届かない。


「……俺のせいだ」


守ろうとして、

近づきすぎた。


異界は、それを“過剰”と判断した。


遠くで、ミィが鳴く。

シャオの声が重なり、

黒猫の気配は、すでに薄い。


「……待ってろ」


キースは、拳を握りしめた。


力はない。

帰る理由も失った。


それでも――

選択する意志だけは、奪われていない。


「必ず、合流する」


異界は答えない。

だが、道は三つに分かれた。


探索者の旅は、

ついに“一緒であること”を失った。


それでも進む。

失われたものを、

取り戻すために。

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