第2話 力を失った探索者

最初に失われたのは、音だった。


足音がしない。

呼吸の音も、衣擦れも、すべてが遠い。


「……聞こえるか?」


キースの問いに、ミィは鳴いた。

だが、その声は空気を震わせず、直接、胸に届く。


ここでは、音が“意味”に変換されている。


黒猫は周囲を見回し、すぐに気づいた。

匂いも、風も、方向も――存在しない。


「感覚が、削がれてるな」


歩いているはずなのに、進んでいる実感がない。

それでも、止まれば置いていかれる気がした。


【スキル〈まねきねこ〉が反応していません】

【機能状態:停止】


キースは、無意識に胸元に手を当てた。

そこにあるはずの“応答”が、ない。


「……完全に、切られてる」


ミィが一歩前に出る。

黒猫が左右を確認するが、確認できる情報がない。

シャオは、不安そうにキースの腕にしがみついた。


「落ち着け」


キースは、ゆっくり息を吐く。


「力がないなら……いつも通りだ」


剣を抜く。

重さだけは、確かにある。


「探索者は、最初から強くない」


ギルドに属したときも、

ダンジョンに潜り始めたときも、

頼れたのは経験と勘だけだった。


空間が、わずかに歪む。

敵意ではない。

“変化”だ。


「……来るぞ」


ミィが低く鳴き、黒猫がキースの前に立つ。

シャオは震えながらも、逃げなかった。


姿のない何かが、近づいてくる。

攻撃でも、防御でもない。


“判断”を迫る圧力。


「進むか、戻るか」


戻る方向は、分からない。

だが、進めば何かがある。


キースは、前に出た。


「行く」


理由はない。

だが、探索者は“分からない方”へ進む。


圧力が、霧のように薄れる。

空間が、少しだけ安定した。


【環境変化:仮固定】


「……正解、だったらしい」


ミィが安堵の鳴き声を上げ、

黒猫は静かに頷く。

シャオは、やっと力を抜いた。


キースは思う。


〈まねきねこ〉がなくても、

世界が違っても、

自分は“歩く”ことをやめていない。


「力を失っても、探索者だ」


それは、強がりじゃない。

事実だった。


この異界では、

スキルも、称号も、役割も意味を持たない。


残るのは――

選び続ける意志だけ。


キースと猫たちは、

音のない世界を、確かに前へ進んでいた。

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