最底辺探索者キース  第二部:別世界編「招かれた異界」

塩塚 和人

第1話 狭間への招待

それは、音もなく始まった。


荒野を歩いていたはずの足元が、ふいに軽くなる。

砂の感触が消え、風が途切れ、空の色が曖昧になる。


「……止まれ」


キースの声に、ミィと黒猫が即座に足を止めた。

シャオだけが一歩遅れ、慌てて戻る。


地平線が、歪んでいた。

いや――歪みではない。


“重なっている”。


【スキル〈まねきねこ〉が強制反応しています】

【対象:世界間狭間/招請元不明】


「……招かれた?」


それは、今まで一度もなかった感覚だった。

キースが招くのではない。

世界の側が、呼んでいる。


空間が裂けるわけでも、門が開くわけでもない。

ただ、境目が薄くなる。


ミィが低く鳴いた。

警戒ではない。困惑だ。


黒猫は周囲を見渡し、首を振る。

――逃げ道が、ない。


「無理に戻るな」


キースは剣を抜かなかった。

斬れる相手じゃない。


一歩、踏み出す。


次の瞬間、世界が変わった。


空はなく、地面もない。

上下左右の感覚が曖昧で、色だけが漂っている。


「……ここは」


声が、遠くに吸い込まれる。


そこに“存在”がいた。

形を持たず、輪郭だけが揺れている。


「ようこそ、探索者」


声は、意味だけが直接伝わってくる。


「ここは、世界と世界の“狭間”」

「君は、招かれた」


キースは一歩も引かなかった。


「理由は?」


「均衡が、崩れかけている」


ミィがキースの前に出る。

黒猫が横につき、シャオが必死に鳴く。


【スキル〈まねきねこ〉:反応不能】

【世界差異:機能制限】


胸が、冷える。


「……効かない、か」


存在は、否定も肯定もしない。


「この世界では、招く力は意味を持たない」


キースは、猫たちを見下ろした。


「……それでも、行くしかないな」


戻れないかもしれない。

力が通じないかもしれない。


それでも――

歩くことだけは、奪われていない。


「俺たちは探索者だ」


名乗る相手がいなくても、

役割が通じなくても。


ミィが一歩進む。

黒猫が続き、シャオが震えながらも前に出た。


狭間の色が、流れを変える。


「選択したな」


存在の声が、少しだけ近づいた。


こうして、キースと猫たちは

“招かれた異界”へと足を踏み入れた。


それは、

〈まねきねこ〉が通じない世界。

選択が、通貨にならない世界。


そして――

初めて“失う可能性のある旅”の始まりだった。

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