第9話 帰らない選択
港に、船が来た。
大陸間を行き来する交易船。
キースたちを乗せてきたのと、同型の船だった。
「明日の朝には出る」
船頭はそう言って、積み荷の確認をしている。
この大陸から、元の世界へ戻る数少ない手段だ。
ミィは船を見上げ、興味なさそうに鼻を鳴らした。
黒猫は一度だけ視線を向け、すぐに街の方へ目を戻す。
シャオは、どこか落ち着かない様子で足元をうろつく。
「……帰れるな」
キースは、独り言のように呟いた。
元の大陸には、ギルドがあり、
探索者という言葉があり、
多少なりとも、居場所があった。
ここは違う。
探索者という概念は生まれ始めたばかりで、
歪みへの向き合い方も、まだ揺れている。
案内人が、港に現れた。
「船に乗るのか?」
キースは、すぐには答えなかった。
「……迷ってる」
案内人は頷く。
「迷えるなら、まだ決めなくていい」
その夜、街を歩く。
若い探索者たち――そう呼ばれるようになった人々が、
地形を見て、議論し、道を確かめている。
誰も、キースを頼らない。
誰も、名を呼ばない。
それが、少しだけ嬉しかった。
【スキル〈まねきねこ〉が、穏やかに反応】
ミィが足を止め、街の奥を見つめる。
黒猫は、船の方角を一度だけ振り返る。
シャオは、キースの服の裾を軽く噛んだ。
「……分かってる」
キースは、静かに言った。
「帰れるから、選べるんだよな」
帰れないなら、それは流されるだけだ。
だが今は違う。
朝。
出港の鐘が鳴る。
キースは、桟橋に立っていた。
だが、船には乗らない。
船が動き出し、港を離れていく。
波が揺れ、白い航跡が伸びる。
「行かなくて、いいのか?」
案内人の問いに、キースは頷いた。
「まだ、ここを歩いてない」
探索者という概念は生まれた。
だが、根づくかどうかは、これからだ。
ミィが前を向き、黒猫が静かに歩き出す。
シャオは一度だけ船を見て、それから走り出した。
「帰らない」
それは、拒絶じゃない。
選択だ。
帰れる場所があるからこそ、
今は、ここに残る。
キースと猫たちは、港を離れ、街道へ向かう。
別大陸での旅は、まだ終わらない。
そしてその決断は――
次の“別れ”への、静かな準備でもあった。
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