第8話 文化の橋渡し

橋は、意図せず架かった。


街道の分岐点。

そこには以前、誰も近づかない石原が広がっていた。

歪みが残り、避けられてきた場所だ。


今、その上を人が歩いている。


「……通れるようになったのか」


旅商人が足を止め、恐る恐る一歩を踏み出す。

何も起きない。


キースは少し離れた丘の上から、その様子を眺めていた。

ミィは退屈そうにあくびをし、黒猫は人の流れを見極め、シャオは緊張したまま尾を揺らす。


「俺たちがやったわけじゃない」


歪みは自然に薄れ、

人は自分たちで道を見つけただけだ。


だが、別大陸と元の大陸では、やり方が違う。


元の世界から来た商人たちは、護符や魔法陣を持ち込もうとする。

この大陸の人々は、地形と時間帯で判断する。


「やり方が違うだけで、目的は同じだな」


案内人が、キースの隣に立つ。


「どちらが正しい、という話ではない」


二つの集団が、石原の前で言い合いになりかける。

魔法を使うべきか、避けるべきか。


ミィが、すっと前に出た。


猫は、何もせず、ただ安全な位置で座った。


黒猫が、別の場所に移動する。

シャオが、小さく鳴く。


人々は、その動きを真似た。

結果、歪みを刺激しない経路が自然と選ばれる。


【スキル〈まねきねこ〉:未使用】


誰も“教えられて”いない。

だが、学んでいる。


「……橋だな」


案内人が呟く。


「文化と文化の」


探索者は、前に立たなかった。

翻訳もしない。

仲裁もしない。


ただ、選択が重なる場所に、立っていただけだ。


夕暮れ、石原を越える道は正式な街道になった。

地図にも、線が引かれる。


キースは、その様子を見届けると踵を返す。


「もう、俺たちがいなくても大丈夫そうだ」


ミィが鳴き、黒猫は肯定するように尾を揺らす。

シャオは、少しだけ名残惜しそうに振り返った。


文化の橋渡しは、言葉で行われない。

行動と、時間と、重なった選択で行われる。


探索者は、その中心に立たない。


橋が残り、

渡る者が増え、

やがて誰も“誰が架けたか”を覚えていなくなる。


それでいい。


世界が、混ざり合った証なのだから。

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