第7話 探索者という概念の誕生

それは、噂から始まった。


「道が、安全になったらしい」

「災厄が、少しずつ遠ざかっている」


街と街を結ぶ街道で、そんな声が交わされるようになった。

誰がやったのかは分からない。

だが、“誰かが歩いた跡”だけが残っている。


キースは、市場の片隅でその話を耳にした。


「……心当たり、あるな」


ミィは知らん顔で魚の匂いを追い、黒猫は人の流れを観察している。

シャオは、露店の影で丸くなった。


やがて、案内人がキースを見つけた。


「最近、道を尋ねる者が増えた」


地図台の前で、案内人は静かに言う。


「避けるだけでは、足りなくなってきた。

 人は……理由を知りたがる」


キースは地図を見る。

そこには、以前は描かれていなかった“安全な経路”が増えていた。


「誰が引いた?」


「……君たちだろう」


案内人の声に、責める響きはない。

ただ、確認するような調子だった。


「俺は、教えてない」


キースは首を振る。


「勝手に歩いただけだ」


「それが、始まりだ」


案内人は、そう言った。


「誰かが歩き、

 誰かが真似をし、

 やがて“役割”になる」


街の若者たちが集まってくる。

地形の読み方、歪みの兆候、危険な時間帯。


誰も“探索者”とは言っていない。

だが、皆、同じことをし始めていた。


【スキル〈まねきねこ〉が、静かに反応】


キースは、前に出なかった。

教えもしない。

まとめもしない。


ミィが、若者の足元を横切り、危険な方向を示す。

黒猫は遠くを見て、首を振る。

シャオは、低く鳴いて注意を促す。


言葉はない。

だが、伝わっている。


「……名前が、要るな」


誰かが呟いた。


「道を調べる者」

「災厄を見る者」


案内人が、静かに言う。


「探索する者――でいい」


キースは、少しだけ目を伏せた。


それは、彼のいた世界の言葉だ。

だが、ここでは違う意味になるだろう。


管理しない。

支配しない。

解決を約束しない。


ただ、歩き、見て、選ぶ者。


「……俺の名前は、いらない」


キースは、そう言った。


「役割だけ、残ればいい」


案内人は、深く頷いた。


その日から、この大陸には

“探索者”という概念が生まれた。


名を持たない始まり。

だが、確かな歩み。


キースと猫たちは、人々の輪から静かに離れる。

彼らが去っても、道は残る。


探索者は、英雄から始まらない。

最初の一歩から、始まる。


そしてその一歩は、

もう――キースだけのものではなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る