第5話 大陸に眠る原初の歪み

大地は、呼吸しているようだった。


岩山の奥、案内人が指した“誰も戻らない場所”。

そこへ近づくにつれ、足元から微かな振動が伝わってくる。


「……生きてる、みたいだな」


キースの呟きに、ミィが慎重に前足を置く。

黒猫は岩肌に刻まれた古い亀裂を追い、シャオは不安そうに鳴いた。


谷の底に辿り着いたとき、それは見えた。


巨大な地割れ。

だが、闇ではない。

淡い光が、脈打つように満ちている。


「これが……歪み?」


否定するように、空気が揺れた。


【スキル〈まねきねこ〉が警告反応】

【対象:原初歪曲域――招請不可/干渉非推奨】


キースは息を呑む。


ダンジョンの歪みとは、根本的に違う。

これは“漏れ”ではない。

世界が、内側で調整しようとしている痕跡だった。


ミィが近づこうとして、黒猫が尾で制する。

シャオは、地面に耳を当て、震えを聞いている。


「……触るな、ってことか」


力で抑え込めば、確かに静まるだろう。

だが、それは傷口を塞ぐ行為だ。

治癒ではない。


歪みが、ゆっくりと形を変える。

岩が崩れ、谷の流れが変わり、地形そのものが調整されていく。


人が関わらずとも、世界は動いていた。


「探索者がいない理由、分かった気がするな」


ここでは、世界が自分で“探索”している。

人は、その邪魔をしない方がいい。


ミィがキースを見上げる。

――何もしないの?

そう問う瞳。


「……しない」


キースは、はっきり言った。


「俺たちは、観測だけだ」


【スキル〈まねきねこ〉:完全抑制】


歪みは、次第に落ち着き、光は地中へと沈んでいく。

谷は、ただの谷に戻った。


「……終わった?」


シャオの鳴き声に、キースは頷く。


「世界が、自分でやった」


その場に、何も残らない。

報酬も、称賛も、記録もない。


だが、確かに――

何かが“壊れずに済んだ”。


キースと猫たちは、谷を後にする。

振り返らない。


探索者とは、

必ずしも解決する者ではない。


ときには、

世界が自分で治る余地を守る者だ。


別大陸の奥深くで、

最底辺探索者はまた一つ、

「何もしない」という選択を積み重ねた。

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