第4話 招かれない文化

その村では、助けを求める声が上がらなかった。


倒れた家屋があり、怪我人もいる。

それでも、人々は淡々と瓦礫を片づけ、互いに声を掛け合うだけだった。


「……手、貸そうか」


キースがそう声をかけた瞬間、周囲の空気が変わった。

視線が集まり、ざわめきが止む。


「結構です」


答えたのは、年配の女だった。

礼儀正しいが、はっきりとした拒絶。


「私たちの問題ですから」


ミィが戸惑ったように鳴き、黒猫は状況を測るように動かない。

シャオは、きゅっと尻尾を握りしめた。


「歪みの兆候がある」


キースは小さく付け加えた。


「このままだと、もっと――」


「それでも、招いていません」


女は言い切った。


この大陸では、“招く”という行為が重い。

助けを受けることは、責任を預けること。

だからこそ、簡単には頼らない。


【スキル〈まねきねこ〉が反応しません】


まるで世界そのものに拒まれているようだった。


夜、村外れで野営する。

焚き火の向こうで、村の灯りが静かに揺れている。


「……何もしないのが、正解か?」


キースの問いに、答えはない。


ミィは落ち着かず、黒猫は目を閉じて耳を澄まし、シャオは不安そうに寄り添う。


深夜。

地面が、微かに震えた。


歪みだ。

だが、村人たちは動かない。

逃げ道も、避難も、すでに決めてある。


「……行くぞ」


キースは立ち上がる。

だが、村へは向かわない。


歪みの“流れ”を読み、少し離れた丘へと進む。

ミィが先導し、黒猫が地形を判断し、シャオが警告を鳴らす。


歪みは、村を避けるように移動し、やがて自然に霧散した。


【スキル〈まねきねこ〉:未使用】


朝。

村人たちは、何も起きなかったように一日を始める。


年配の女が、遠くから一度だけ頭を下げた。

近づいてはこない。


「……招かれなかったな」


キースは小さく笑う。


「でも、それでいい」


助けるとは、手を出すことだけじゃない。

何もしない選択も、また一つの行為だ。


招かれない文化。

この大陸では、善意は慎重に扱われる。


キースと猫たちは、静かに村を離れる。

名も残さず、感謝も受け取らず。


それでも――

道は、確かに一つ、歪みから遠ざかっていた。

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