第3話 王ではなく、案内人
その街に、王はいなかった。
城はなく、玉座もない。
代わりにあったのは、街の中央に立つ低い塔と、その前に置かれた大きな地図台だった。
「ここを仕切ってるのは、誰だ?」
キースの問いに、宿の主人は肩をすくめた。
「仕切る? そんなのはいないさ。
困ったときは、“道を知る人”を呼ぶ」
翌朝、その“人”は現れた。
年齢の分からない人物だった。
派手な装飾はなく、武器も持たない。
だが、歩き方だけで分かる――この土地を知り尽くしている。
「旅人だな」
穏やかな声だった。
「この大陸は、初めてか?」
キースが頷くと、その人物は地図台に手を置いた。
「私は案内人だ。
王でも、長でもない」
地図には、道だけが描かれていた。
国境線も、領土名もない。
「我々は、支配しない。
知っている道を、必要な者に渡すだけだ」
ミィが興味深そうに地図を覗き込み、黒猫はその配置を記憶するように見つめる。
シャオは、案内人の足元で落ち着いた様子だった。
「歪みは、どうしてる?」
キースが尋ねると、案内人は少しだけ目を伏せた。
「避ける。
近づかない。
それが一番、被害が少ない」
正論だった。
だが、解決ではない。
「……それでも、残るだろ」
案内人は、静かに頷いた。
「残る。
だから、道を変える」
街を案内されながら、キースは気づく。
ここでは、人が歪みに合わせて生き方を変えている。
歪みを“倒す対象”にしていない。
【スキル〈まねきねこ〉が、微弱に反応しています】
だが、まだ招けない。
歪みはここでは“敵”ではないからだ。
「君は、何者だ?」
案内人が問う。
キースは少し考え、答えた。
「……道を歩く者だ」
案内人は、微笑んだ。
「それなら、案内はいらないな。
だが――」
地図の端を、指でなぞる。
「この先は、誰も戻ってきていない」
ミィが耳を立て、黒猫が視線を鋭くする。
シャオは、きゅっと鳴いた。
「行くか?」
キースが猫たちに問うと、迷いはなかった。
「では、ここまでだ」
案内人は地図から手を離す。
「道は、知っている者が渡すもの。
だが、新しい道は――歩いた者にしか残らない」
王ではなく、案内人。
支配ではなく、共有。
探索者なき大陸は、
別の形で世界と向き合っていた。
キースと猫たちは、街を後にする。
地図にない場所へ。
そこから先は、
誰の役割でもない。
だが――
誰かが、歩かなければならない道だった。
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