第2話 探索者なき大陸

陸が見えたとき、誰も歓声を上げなかった。


交易船は静かに速度を落とし、波止場へと近づいていく。

港はある。倉庫も、街も、人もいる。

だが――どこか、空気が違った。


「……妙だな」


キースは甲板から街を見下ろし、そう呟いた。

活気はある。人々は忙しそうに動いている。

それでも、あの独特の緊張感がない。


ミィは興味深そうに鼻を動かし、黒猫は慎重に視線を巡らせる。

シャオは初めての陸地に、少しだけ安心したようだった。


入港手続きを終え、街へ足を踏み入れる。


「探索者ギルドはどこだ?」


キースの問いに、港の役人はきょとんとした顔をした。


「……タンサク、シャ?」


言葉が通じていない。


「旅人なら宿はある。

 傭兵なら、北の詰所だ」


探索者という言葉が、ここには存在しなかった。


街を歩く。

掲示板には依頼が貼られているが、内容は単純だ。

荷運び、護衛、修繕――危険なものほど、兵が対応する。


「歪みは?」


キースがそう尋ねると、商人は顔を曇らせた。


「災厄、だな。

 神罰とも言う」


制御も、調査も、攻略もない。

起きたら逃げるか、祈るか、討伐隊を送るだけ。


「……役割が、ないんだ」


探索者という“間に立つ存在”が、この大陸には存在しない。


夜、宿の屋根から街を見下ろす。

松明の光が揺れ、人々は今日を生きることに集中している。


【スキル〈まねきねこ〉が、反応を示していません】


ミィが不安そうに鳴く。

黒猫は静かに首を振った。


「ここでは、まだだ」


キースは言った。


「招く以前に、受け入れる土壌がない」


シャオが、そっとキースの足元に寄り添う。


「……名乗れないな」


探索者です、と言っても通じない。

だからといって、嘘をつく気もない。


「今日は、ただの旅人だ」


それでいい。


探索者なき大陸では、

探索者は生まれていないだけだ。


歪みは、きっとどこかにある。

だが、それを“役割”として引き受ける者がいない。


キースは街の灯りを見つめる。


「……じゃあ、探すか」


何を?

役割を。

名前を。

そして、始まりを。


最底辺探索者は、

探索者のいない大陸で、最初の一歩を踏み出した。

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