最底辺探索者キース 第一部:別大陸編「まだ知らない世界」
塩塚 和人
第1話 海を越える理由
港町は、朝から騒がしかった。
帆を張る音、荷を運ぶ掛け声、波に揺れる船体の軋み。
海の匂いが、すべてを包み込んでいる。
「……でかいな」
キースは桟橋に立ち、巨大な交易船を見上げた。
これまで何度も海を見てきたが、越えるとなると話は別だ。
ミィは甲板を見て目を輝かせ、黒猫は船の構造を冷静に観察している。
シャオは波音に驚き、キースの影から離れようとしない。
「本当に乗るのか?」
声をかけてきたのは、商人の男だった。
大陸間を行き来する交易団の船長代理らしい。
「向こうの大陸は、勝手が違う。
探索者も、ギルドもない」
キースは頷いた。
「だから、行く」
男は怪訝そうな顔をした。
「理由は?」
キースは少し考え、正直に答えた。
「……分からない」
男は吹き出した。
「はは、いい理由だ。
そういう連中が、案外一番長生きする」
書類にサインをし、船に乗り込む。
甲板が揺れ、世界が一歩、遠ざかった。
出港の合図が鳴る。
ミィが走り回り、黒猫はマストの影に座り、シャオは必死に踏ん張っている。
「怖いか?」
シャオが鳴く。
それは、否定でも肯定でもない。
「俺もだ」
キースは手すりに寄りかかり、海を見た。
ここまで来た理由は、単純だった。
世界は広く、まだ“探索者がいない場所”があると聞いた。
歪みは、場所を選ばない。
なら――探索者も、選ばない方がいい。
【スキル〈まねきねこ〉が、わずかに反応しています】
だが、今は使わない。
招く必要はない。
船はゆっくりと港を離れ、陸が小さくなっていく。
「戻れなくなったな」
キースが呟くと、黒猫が尾を揺らした。
ミィは気にせず鳴き、シャオは少しだけ胸を張る。
「戻るために行くんじゃない」
「進むために、越えるんだ」
水平線の向こうに、別の大陸がある。
そこでは、探索者という言葉すら通じないかもしれない。
それでもいい。
理由がなくても、
世界が違っても、
歩くことだけは、やめない。
船は波を切り、進み続ける。
最底辺探索者と猫たちの、新しい物語が――
今、海の上で始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます