第9話 世界の境界線

風が、途切れていた。


進んでも進んでも、音が戻らない。

鳥の声も、葉擦れも、足音さえも、どこか薄い。


「……ここが、境界か」


キースの前に広がっていたのは、地平線そのものだった。

空と大地の境が曖昧になり、遠近感が失われている。


ミィは警戒するように足を止め、黒猫は珍しく落ち着かない様子で尾を揺らした。

シャオは、キースの影にぴたりと寄り添う。


一歩踏み出すと、世界が“反応”した。


空間が揺れ、白い光が集まり、人の形を取る。

それは個人ではなく、概念だった。


「ここは、世界の縁」


声は、直接頭に響く。


「歪みが集まり、選択が行われる場所だ」


キースは剣に手をかけなかった。

この存在は、斬る対象じゃない。


「〈まねきねこ〉の保持者よ」


光が強まる。


「お前なら、この境界を越え、

 世界の均衡そのものになれる」


胸の奥で、スキルが強く脈打つ。


【スキル〈まねきねこ〉が完全同調可能】

【世界管理権限:仮承認】


ミィが小さく鳴いた。

黒猫は一歩前に出る。

シャオは、必死に首を振った。


「……それは、英雄ってやつか」


キースは、静かに問い返す。


「管理し、選別し、必要なら切り捨てる存在。

 それが、均衡だ」


一瞬、心が揺れる。

争いは減る。

悲劇も減る。


だが――


「それは、俺の旅じゃない」


キースは、はっきりと言った。


「境界に立って、全部を見渡すなら、

 俺は歩かなくなる」


光が、揺らぐ。


「最底辺の探索者が、世界を拒むのか」


キースは、笑った。


「最底辺だから、拒める」


完璧な正解を持たないからこそ、

迷いながら進める。


「俺は、境界を守らない。

 越えもしない」


「ただ、行き来するだけだ」


沈黙。

やがて、光は静かに霧散した。


【世界管理権限:消失】

【スキル同調率:安定】


風が戻る。

草が揺れ、音が世界に帰ってくる。


「……終わったのか?」


ミィが鳴き、黒猫は前を向く。

シャオは、ようやく息を吐いた。


「行こう」


キースは、境界線に背を向けた。


世界の端に立っても、

中心に立たなくてもいい。


歩き続ける限り、

探索者は探索者だ。


境界は、越えるためだけにあるんじゃない。

戻る場所でもある。


キースと猫たちは、再び旅路へ戻る。

英雄にならず、管理者にならず――

世界の中を、歩くために。

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