第9話 最底辺の選択
その提案は、あまりにも静かに突きつけられた。
世界の歪みが集中する場所――
かつてダンジョンだった領域の中心で、キースたちは円陣の中に立っていた。
周囲には、人影。
探索者ギルド、学術都市の使者、各国の代表。
「君のスキルなら可能だ」
白衣の男が、淡々と告げる。
「〈まねきねこ〉を“完全解放”すれば、
世界に溢れる歪みを一気に集束できる」
キースは黙って聞いていた。
「代償は?」
誰かが、ためらいがちに答える。
「……ダンジョンは消える。
同時に、モンスターという存在も」
ミィが、はっと顔を上げた。
黒猫の尾が、ゆっくりと揺れる。
シャオは、キースの足元に身を寄せた。
「英雄になれる」
別の声が続ける。
「世界を救った探索者として、
歴史に名が刻まれるだろう」
キースは、しばらく考えた。
確かに、それは“正解”だ。
多くの人が救われ、争いも減る。
だが――
「それは、選ばせない選択だ」
キースは、静かに口を開いた。
「歪みも、モンスターも、
世界の一部なんだろ?」
老人の言葉を、思い出す。
「全部消すのは、壊すのと同じだ」
場が、ざわつく。
「最底辺の探索者が、何を言う!」
怒声が飛ぶ。
だがキースは、揺れなかった。
「だからだ」
キースは、猫たちを見下ろす。
「俺は、最底辺だから、選べる」
強者なら、最善を選ぶ。
英雄なら、結果を求められる。
でも――
「俺は、世界を管理しない」
〈まねきねこ〉が、静かに反応する。
だが、解放されない。
「歪みは、見つけたら向き合う。
全部じゃない。
一つずつだ」
ミィが、力強く鳴いた。
黒猫は一歩前に出る。
シャオは、胸を張った。
「……それでも、世界は不完全なままだ」
誰かが言う。
キースは、笑った。
「不完全だから、旅をするんだろ」
沈黙が落ちる。
やがて、代表者たちは一人、また一人と視線を逸らした。
説得は、失敗だった。
だが、キースは後悔しない。
英雄にならない。
世界を救いきらない。
それが――
最底辺探索者の、選択だった。
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