第8話 世界の真実

それは、偶然見つけた場所だった。


山道を越えた先、谷に挟まれた平原の中央に、円形の遺構が眠っていた。

崩れた石柱と、風化した床。だが、その中央だけは不自然なほど原型を保っている。


「……ここ、ダンジョンに似てる」


キースの言葉に、黒猫が静かに頷いた。

ミィは遺構の縁を歩き、シャオは中央の文様をじっと見つめている。


床に刻まれていたのは、見覚えのある魔法文字だった。

最深層で見たものと、ほとんど同じ。


「世界は、壊れやすい」


背後から、声がした。


振り返ると、そこには一人の老人が立っていた。

探索者でも、旅人でもない。

この場所そのものの一部のような存在感。


「ダンジョンはな、罰でも試練でもない」


老人は遺構を見下ろし、続ける。


「世界が耐えきれなくなった歪みを、外に押し出した“逃がし場”だ」


キースは、息を呑んだ。


「……じゃあ、モンスターは」


「元は世界の欠片だ。

 怒り、後悔、願い……捨てきれなかったものだよ」


ミィが小さく鳴く。

シャオは、どこか納得したように尻尾を揺らした。


「では……〈まねきねこ〉は?」


老人は、初めてキースを見た。


「招く力じゃない。

 “戻す力”だ」


言葉が、胸に落ちる。


「拒まれたものを、あるべき場所へ導く。

 だから、支配には使えない。

 使えば使うほど、選択が必要になる」


思い出す。

招かなかった竜。

倒さなかった亡霊。

従えなかった王。


「……全部、無駄じゃなかったんだな」


老人は微笑み、風の中に溶けるように消えた。


遺構は静まり返り、空は高い。


「世界は、壊れてない」


キースは、猫たちを見下ろす。


「歪んでるだけだ」


ミィが一歩前に出る。

黒猫が隣に並び、シャオはその間に座った。


「なら……俺たちのやることも、決まってる」


壊すことでも、正すことでもない。

招くべきものを見極め、

招かない勇気を持つこと。


世界の真実は、重かった。

だが同時に、道をはっきりと照らしていた。


探索者とは、

世界の歪みと向き合い、

それでも歩き続ける者のことだ。


キースと猫たちは、再び歩き出す。

真実を知ったからこそ――

もう、迷わない。

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