第7話 猫たちの選択

城を離れてしばらく、誰も口を開かなかった。

崩れゆく城の影はすでに見えず、谷を抜ける風だけが足元を撫でていく。


「……なあ」


キースが声を出しかけて、やめた。

言葉にする前に、答えはもう分かっていたからだ。


ミィは前を歩いている。

いつもならキースの少し後ろをついてくるのに、今日は違った。

黒猫は左右を警戒しながらも、一定の距離を保っている。

シャオは振り返り、何度もキースの顔を見ては、また前を向いた。


「……みんな、変わったよな」


それは進化でも、異変でもない。

“意思”だった。


夜、焚き火を囲んで休んでいるときだった。

ミィが突然立ち上がり、キースの正面に座る。


じっと見つめてくる金色の瞳。

逃げも、甘えもない。


「……どうした」


ミィは鳴いた。

短く、はっきりと。


黒猫がミィの隣に座る。

シャオも続き、三匹が並んだ。


【スキル〈まねきねこ〉が反応しています】

【同調:解除可能】


キースは、息を呑んだ。


「……選ぶ、ってことか」


今までは、キースが決めてきた。

進む道も、戦うか否かも、招くかどうかも。


だが今、猫たちは“問うて”いる。

――それでも、一緒に行くのか、と。


「俺は……」


言葉を探す。

強くなると決めたわけじゃない。

世界を変えるつもりもない。


「それでも、進む。

 正しいかどうか分からなくても、選びながら」


ミィが一歩、近づいた。

黒猫も、静かに距離を詰める。

シャオは、キースの膝に前足を乗せた。


【同調:維持】

【関係性:対等】


胸の奥が、じんと熱くなる。


「……ありがとう」


主と従魔じゃない。

召喚者と使役対象でもない。


ただ、同じ道を選ぶ仲間だ。


焚き火が爆ぜ、火の粉が夜空に舞う。

その向こうに、まだ見ぬ世界が広がっている。


「次は……どっちだ?」


キースが問うと、ミィは左を見、黒猫は右を見た。

シャオは少し考えてから、二匹の間に座る。


「……はは」


キースは笑い、立ち上がる。


「じゃあ、全部行こうか」


猫たちは鳴き、歩き出す。

もう、誰かに従ってではない。

自分で選び、並んで進むために。


その夜、キースははっきりと理解した。


探索者の旅は、

一人で決断するものじゃない。


選択は、分かち合える。


それが――

“世界を巡る探索者”の、次の形だった。

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