第4話 失われた街の亡霊

霧は、街そのものだった。


崩れた石壁。倒れた塔。

道だったはずの場所には瓦礫が折り重なり、空気は冷たく澱んでいる。


「……ここ、街だよな」


キースの声が、やけに遠く響いた。

人の気配はない。だが、確かに“何か”がいる。


ミィが低く鳴き、黒猫は石畳の影に視線を走らせる。

シャオは尾を膨らませ、警戒を隠さない。


次の瞬間、霧の中から人影が現れた。


「――帰れ」


かすれた声。

剣を持つ兵士の姿だが、足は地面についていない。

半透明の身体が、ゆらりと揺れている。


「……亡霊、か」


その数は一体ではなかった。

通りの両脇、崩れた建物の影、広場の中央――

かつてこの街に生きていた者たちが、静かに佇んでいる。


【スキル〈まねきねこ〉が反応しています】

【対象:未浄化霊体】


キースは、剣に手をかけなかった。


「……倒せば、楽なんだろうな」


探索者ならそうする。

亡霊は危険因子で、討伐対象だ。


だが、彼らの目には敵意がなかった。

あるのは、迷いと後悔だけだ。


「この街は……どうなった?」


キースがそう問いかけると、亡霊の一体が口を開いた。


「王が、守りを選ばなかった。

 そして、我らは逃げなかった」


短い言葉。

それだけで、十分だった。


ミィがキースを見上げる。

――招く?

そう聞かれている気がした。


だがキースは、ゆっくりと首を振った。


「……招くのも、違う」


招けば、彼らは“仲間”になる。

だが、それはこの街を置き去りにすることでもある。


キースは剣を地面に突き立て、深く頭を下げた。


「俺は、通りすがりだ。

 でも……忘れない」


その瞬間、風が吹いた。

霧が、少しずつ薄れていく。


亡霊たちは驚いたように目を見開き、やがて穏やかな表情になった。

一人、また一人と、光に溶けるように消えていく。


【スキル反応、解除】


最後に残った兵士が、キースに向かって頷いた。


「……ありがとう」


街は、完全に静かになった。


ミィが小さく鳴き、黒猫は視線を落とす。

シャオは、キースの足元に寄り添った。


「全部、救えるわけじゃない」


キースはそう呟き、剣を背負い直す。


「でも、選ばないよりはいい」


失われた街は、背後で霧に沈んでいく。

二度と戻らないが、無かったことにもならない。


キースと猫たちは、次の道へ歩き出した。

世界を巡る探索者として――

“何をしないか”を選び続けながら。

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