第3話 まねきねこの進化

異変は、朝だった。


草原で野営し、目を覚ましたキースは、胸の奥に微かな違和感を覚えた。

鼓動に合わせて、何かが――“広がっている”。


「……なんだ、これ」


ミィが先に気づいたのか、落ち着かない様子で周囲を歩き回る。

黒猫は静かに座ったまま、キースを見つめていた。

シャオは、いつもより少し距離を取っている。


【スキル〈まねきねこ〉が変化しています】

【進化条件を満たしました】


頭の奥に、はっきりとした感覚が流れ込んだ。


「進化……?」


キースは思わず眉をひそめる。

今までの〈まねきねこ〉は、招く力だった。

モンスターと心を通わせ、共に在るためのスキル。


だが今、感じているのは――範囲の拡張。

意志の輪郭が、猫たちだけでなく、周囲の存在にまで触れ始めている。


草陰で、小動物がこちらを窺っていた。

鳥が低く旋回し、風向きさえも、微妙にキースを中心に集まっている。


「……やめろ」


キースは小さく呟き、意識を引き締めた。

すると、流れは一瞬だけ弱まる。


黒猫が一歩前に出て、静かに鳴いた。

――制御できるか?

そう問う声に聞こえた。


「できる……はずだ。でも」


ミィが不安そうに鳴く。

シャオは、ためらいながらも近づいてきた。


「俺は、世界を操りたいわけじゃない」


進化した力は、便利だ。

危険も遠ざけられる。

だが一歩間違えれば、“選ばせない力”になる。


【進化段階:抑制状態に移行します】

【使用者の意思を最優先します】


キースは深く息を吐いた。


「……ありがとな」


誰に向けた言葉かは、分からない。

スキルか、猫たちか、それとも自分自身か。


ミィが、いつものように足元に擦り寄ってくる。

黒猫も距離を戻し、シャオは小さく鳴いた。


力は、確かに進化した。

だが、それ以上に――キース自身の在り方が問われていた。


「招くのは、必要なときだけでいい」


「俺たちは、選びながら進む」


空は変わらず青く、風は自由に吹いている。

世界は、まだキースを試してくるだろう。


それでも彼は歩く。

進化した力を、使いこなすためではなく――

使わない選択ができる探索者であるために。

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