第2話 エルフの少女と岩の魔物

 静寂が戻った森の中で、俺は再びステータス上げの作業に戻っていた。 「作成」  頭痛。ポーション出現。飲む。  水を飲む。回復。  このルーチンワークは、もはや呼吸と同じくらい自然な動作になりつつある。


 そんな俺の背後から、恐る恐るといった気配が近づいてきた。


「あ、あの……」  


さっきのエルフだ。まだ居たのか。  俺は無視して作業を続ける。


「作成、飲む、水」

「ちょ、ちょっと! 無視しないでよ!」  


しびれを切らしたのか、彼女が俺の目の前に回り込んできた。  近くで見ると、整った顔立ちをしている。金色の髪に、透き通るような翠の瞳。肌は陶器のように白い。  だが、今の俺にとって重要なのは、彼女が俺と水場の間に立ちはだかっているという事実だけだ。


「どいてくれ。水が飲めない」

「水って……そんなことより、今何をしたの!?」  


彼女は興奮気味に、先ほど俺が吹き飛ばしたトカゲの死骸を指さした。


「ロックリザードよ!? 全身がミスリル並みの硬度を持つ岩でできた魔物なの! 魔法ですら上級魔術じゃないと傷一つつけられないのに、それを素手で……しかも一撃で……」

「硬かったか? 豆腐みたいだったけど」  


俺は正直な感想を述べた。  殴った時の感触は、濡れたティッシュを破った時より軽かった。筋力が500を超えると、材質の違いなど誤差の範囲らしい。


「と、豆腐……?」  


彼女は呆気にとられた顔をしたが、すぐに気を取り直して居住まいを正した。


「と、とにかく、助けてくれてありがとう。私はエイル。この森の調査に来ていたレンジャーよ」

「俺はタチバナ・ノボルだ」

「ノボルね。……で、さっきから何をしているの?」


 エイルは不審そうに、俺の手元の空き瓶と、泉を見比べた。  俺は隠す必要もないので、淡々と答える。


「見ればわかるだろ。ポーションを作って飲んでる」

「ポーション? その小さな瓶? 回復薬にしては色が違うし……それに、どうして飲むたびに泉の水を飲んでるの?」

「水が美味いからだ」

「……はあ?」  


MP回復水としての効能は伏せておく。説明するのが面倒だし、共有するメリットがない。  それにしても、このエイルというエルフ、なかなか諦めない。  俺が作業を再開しても、じっとこちらを観察している。


「ねえ、もしかして喉が渇く呪いにかかってるの?」

「違う」

「じゃあ、その薬は何なの? 麻薬か何か?」

「栄養ドリンクみたいなもんだ」


 適当にはぐらかしながら、俺はステータスを確認する。  筋力と敏捷は十分上がった。次は防御面だ。『体力』を上げれば、HPや防御力が上がるはずだ。  俺はひたすら『体力増強ポーション』を作り始めた。


 数十分後。  エイルが突然、声を上げた。


「あっ! また来たわ!」  


彼女が弓を構える。  茂みの奥から、再びロックリザードが現れた。今度は二体だ。  どうやらここは奴らのテリトリーらしい。


「ノボル、気をつけて! 今度は二体よ! さっきみたいには……」  


エイルが警告を発するが、俺は座ったまま動かない。  ちょうど『体力』が1000を超えたところだ。試してみるか。


「……逃げないの?」  


エイルが焦る。  ロックリザードが突進してくる。重戦車のような質量攻撃だ。  一体目が俺に向かって大きく口を開け、噛みつこうとしてくる。  俺は避けない。


 ガキンッ!!


 鈍い音が響いた。  ロックリザードの牙が、俺の肩に食い込む……ことはなかった。  俺の肌に触れた瞬間、牙の方が砕け散ったのだ。  俺の肩には傷一つついていない。服が少し破れただけだ。


「……え?」  


エイルが目を丸くする。  俺は肩についたトカゲの唾液をハンカチで拭った。


「汚いな」  


そう呟いて、俺は裏拳を放った。  


ドゴォッ!  


一体目の頭部が消し飛ぶ。


 二体目が怯んだ隙に、俺は立ち上がり、軽くデコピンのような動作でその額を弾いた。  パァンッ!  空気が破裂する音と共に、二体目のロックリザードは森の奥へと水平に飛んでいき、星になった。


「さて、続きだ」  


俺は何事もなかったように座り直し、ポーションを作り始めた。


 エイルは弓を下ろし、震える手で自分の頬をつねっていた。


「……夢じゃない。物理無効のロックリザードの牙が、肌で弾かれた? ありえない……ドラゴンの鱗だって貫通するのに……」  


彼女はふらふらと俺に近づき、俺の肩を恐る恐る触った。


「普通の肌よね? 柔らかいわよね? どうなってるの?」

「鍛えてるからな」

「鍛えてどうにかなるレベルじゃないわよ!」  


エイルは叫んだ後、深く息を吐き、真剣な眼差しで俺を見た。


「貴方、何者? その強さ……ただの人間じゃないわね?」

「ただの人間だ。今はな」  


俺は水を飲む。  エイルの瞳に、畏怖とは違う、熱っぽい光が宿り始めていることに、俺はまだ気づいていなかった。

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2025年12月23日 12:01
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2025年12月25日 12:01

自分専用ポーションでステータスを無限に盛る ~安いMP回復水をガブ飲みして、俺だけが物理で神域に達する~ 仙道 @sendoakira

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