自分専用ポーションでステータスを無限に盛る ~安いMP回復水をガブ飲みして、俺だけが物理で神域に達する~

仙道

第1話 +1の積み重ね

 目が覚めると、森の中にいた。  状況を整理する。服装は普段着のまま。スマホは圏外。そして目の前には、半透明の青い板が浮いている。


「ステータス、か」


 俺、立花登は短く呟いた。  ラノベでよく見るやつだ。異世界転移というやつだろうか。  表示されている情報は少ない。


名前:タチバナ・ノボル

職業:ポーション職人

LV:1

HP:10

MP:10

筋力:10

敏捷:10

体力:10

魔力:10

スキル:【自己専用ポーション作成】


「……地味だな」


 勇者とか賢者とか、そういう派手な文字はない。  俺はため息をつきながら、唯一のスキルである【自己専用ポーション作成】に意識を向けた。使い方は直感でわかる。念じるだけでいいらしい。


「作成」


 頭の奥がズキンと痛んだ。全身から力が抜けていくような脱力感。  その代わり、手のひらにコロンとした小さなガラス瓶が出現した。中には赤い液体が入っている。


「これが成果物か」


 俺は瓶を手に取り、その情報を読み取った。  どうやら「鑑定」のような能力は備わっていないようだが、自分が作ったものの効果はなんとなく理解できる。


『筋力増強ポーション(小)』

効果:使用者の筋力を永続的に+1する。

制限:作成者本人にしか効果を発揮しない。他者が服用した場合、ただの水となる。


「プラス1……」


 しょぼい。あまりにもしょぼい。  俺の今の筋力は10だ。それが11になったところで、何が変わるというのか。  しかも、さっきの頭痛と脱力感からして、MPを全て消費したらしい。  MP10を使って、ステータスを1上げる。効率が悪すぎる。


「喉が渇いたな」


 とりあえずポーションの蓋を開け、一気に煽った。味はない。  飲み干すと同時に、体の中に微かな熱が広がる。  再度ステータスを確認すると、確かに筋力が11になっていた。


「はあ……」


 MPが尽きたせいで、頭が重い。  俺はふらつく足取りで周囲を見渡した。幸い、近くに澄んだ水が湧き出ている泉があった。  這うようにして泉に近づき、手で水をすくって飲む。


「うまい」


 冷たくて美味い水だ。  ゴクゴクと喉を鳴らして飲み続ける。胃に水が落ちると同時に、不思議な感覚に襲われた。  頭の重さが消えていく。脱力感が霧散し、気力が満ちてくる。


「……あれ?」


 俺はもう一度、ステータス画面を開いた。


MP:10/10


「回復している」


 時間の経過による回復じゃない。早すぎる。  俺は泉の水をじっと見た。  この世界の水は、MP回復効果を含んでいるのか? それとも、この泉が特別なのか?  まあ、理屈はどうでもいい。


 MPが満タンになった。  ということは、だ。


「作成」


 再び頭痛。手にはポーション。  俺はそれを飲み干す。  筋力が12になった。  すかさず泉の水をすくって飲む。  頭痛が消え、MPが全快する。


「……これ、無限にいけるな」


 俺は口元を歪めた。  1の違いは大したことない。誤差だ。  だが、回数制限がないなら話は別だ。  俺は泉の縁に胡坐をかき、作業を開始した。


「作成」  飲む。  水を飲む。 「作成」  飲む。  水を飲む。


 単純作業だ。クリエイティブな要素は欠片もない。  だが、確実に数字が積み上がっていく。  筋力が20を超えたあたりで、瓶のキャップをねじ切る指の力が軽くなった。  50を超えると、ポーションの瓶が重さを感じさせなくなった。  100を超えた。  自分の中に、得体の知れないエネルギーが圧縮されていくのを感じる。


「作成、飲む、水。作成、飲む、水」


 日が傾き始める頃、俺の足元には空き瓶が散乱していた。  この瓶は放っておくと光の粒子になって消えるらしい。エコで助かる。  俺は作業に没頭していた。  喉がタプタプになっても、トイレに行きたくなっても、排出すればまた飲める。  筋力だけじゃない。途中から『敏捷』や『体力』のポーションも作り始めた。


筋力:532  

敏捷:310  

体力:450


 開始から数時間。  俺のステータスは、初期値の数十倍に膨れ上がっていた。  普通の人間がどの程度の数値なのかは知らないが、少なくとも今の俺は、熊でも素手で絞め殺せる気がする。


「ふう……少し休憩するか」


 もう一度水を飲もうと手を伸ばした時だった。  森の奥から、騒がしい音が聞こえてきた。  枝が折れる音。何かが走る音。  そして、悲鳴。


「こっちに来るなっ!」


 凛とした、だが切迫した少女の声だ。  俺が顔を上げると、藪を突き破って金髪の少女が飛び出してきた。  長い耳。緑色の狩猟服。  エルフだ。  いかにも異世界といった風貌の美少女が、俺のいる泉の方へ向かって走ってくる。


「はぁ、はぁ……!」


 彼女は肩で息をしながら、後ろを振り返って矢を放った。  矢は正確に追跡者へと飛んでいく。  だが、カンッ、と硬質な音がして弾かれた。


 追ってきたのは、巨大なトカゲだった。  ただのトカゲではない。全身がゴツゴツとした灰色の岩で覆われている。  全長は3メートルほどだろうか。地面を揺らしながら突進してくる。


「くっ、硬すぎる……!」


 エルフの少女は絶望的な顔で悪態をついた。  彼女の視線が、泉の縁に座っている俺に止まる。


「人間!? 逃げなさい! こいつには物理攻撃が効かないわ!」


 彼女は叫びながら、俺を庇うように立ち止まり、短剣を構えた。  律儀なことだ。  だが、迷惑だ。  あのデカい図体で暴れ回られたら、俺の飲み水に泥が入るかもしれない。


「邪魔だな」


 俺は立ち上がった。  体が軽い。重力を感じないほどだ。  地面を蹴るつもりなんてなかったのに、一歩踏み出しただけで、俺の体は瞬時に数メートルを移動していた。  エルフの少女の横を通り過ぎる。


「え?」


 少女が間の抜けた声を上げる。  俺の目の前には、岩のトカゲが迫っていた。  硬い? 物理攻撃が効かない?  そんなことはどうでもいい。  俺は握り拳を作ると、無造作に腕を振るった。


 ドォォォォォォォォン!!


 爆音が森に響いた。  拳がトカゲの鼻先に触れた瞬間、その巨体がひしゃげた。  岩の装甲が粉々に砕け散り、肉片と共に後方へと吹き飛んでいく。  まるで大砲の直撃を受けたかのように、トカゲだった物体は森の木々を何本もへし折りながら転がっていき、ようやく動かなくなった。


「あ……」


 エルフの少女が、ポカンと口を開けて固まっている。  俺は拳についた岩の粉を払うと、彼女を無視して泉の方へ戻った。


「よし、水が濁ってないな」


 俺は再び水をすくい、喉を潤した。  MPが回復する感覚。  さて、次は『魔力』でも上げてみるか。

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