ホワイト案件
詰替ボトル
取調室
今日はよく冷える。
しかし、深夜の取調室の空気は淀んでいた。
パイプ椅子に座る男は、まだ二十代前半。
黒いジャンパーに黒いズボン。
典型的な「闇バイトの実行役」の格好だ。
最近、管内では、闇バイトと思われる強盗事件が頻発していた。
ウチの署でも、年末のこの時期、警戒態勢を敷いた、その矢先だった。
この男は、今から一時間前、住宅の玄関ドアをピッキングしているところを、捜査員に見つかって連行された。
窃盗犯の商売道具をほとんど持っていたが、挙動は素人。
おそらく闇バイトに間違いないと、俺はそう踏んでいる。
俺は机を挟んで向かい合い、冷めきった缶コーヒーをあおった。
「……で、指示役は誰だ?どこで会った?」
俺は低く唸るように訊いた。
男は視線を落としたまま、首を横に振る。
「会ってません。全部、アプリです」
「テレグラムか? シグナルか?」
「いえ……もっとマイナーなやつで。メッセージがすぐ消えるんです」
またそれだ。最近の強盗グループは、顔の見えない「上」からの指示で動く。
「ターゲットのリストは?」
「それもアプリで送られてきました。この辺り一帯の住所が、ずらっと……」
「何件だ」
「30件です」
俺は眉をひそめた。
「30件? 一晩でか?」
「はい。『今晩中に全部ヤレ』って指示されて……」
「馬鹿な。プロの空き巣でも一晩に30件なんて不可能だ。雑な仕事しやがって」
「おい、スマホを出せ。そのリストを見る」
俺は男から押収したスマホを起動させ、保存された画像フォルダを開いた。 そこには、無機質なテキストで、住所と「備考」が記されたリストがあった。
A邸、○○マンション4階西側:リビングにカメラ2台、
B邸、戸建て4LDK:庭の隅、大きな犬、
C邸、戸建て2世帯住宅:玄関わきにスイッチ、・・・
なるほど、侵入経路のメモだ。かなりリサーチが完了している。
おそらくは、リサーチ役も別にいるのだろう。
男は怯えたように身を縮める。
「俺も無理だと言いました。でも、報酬が良かったんで……」
「いくらだ」
「10万です」
「一晩でか?」
「はい。今日だけの単発バイトで、即日払い。募集要項には『初心者歓迎・ホワイト案件』って書いてあったんです」
俺は思わず鼻で笑った。
「一晩で10万ももらえる仕事が、ホワイト案件なわけないだろうが」
「すみません……。でも、情報送っちゃったんで」
男の声が震え始めた。
「個人情報か。何を取られた?」
「免許証と保険証の画像・・・」
典型的な手口だ。
身分証を人質に取り、逃げられないようにして犯罪に加担させる。
「それに……上の人は、ターゲットのことまで何でも知ってるんです」
「ターゲットのこと?」
「はい。家族構成から、生活リズム…」
ストーカーか。あるいは、長期間にわたる入念な下調べ(内偵)があったのか。
この組織、思った以上に根が深いかもしれない。
「他には?」
「家族それぞれの『好み』まで」
「好み??」
「お前、盗んだものをどこへやった?車はどこにある?」
身柄は抑えたが、まだ捜査員が周辺を捜索している。
そろそろ、この男が乗ってきた車が見つかるはずだ。
その中に盗んだ物があるのだろう。
「‥‥」
「もう時間の問題だぞ。お前はただのトカゲのしっぽだ。吐いちまえよ、今のうちに」
「…吐いたら、消される」
「ふっ。消されやしねえよ」
そう呟いた俺は、リストを睨みつけた。『カメラ』。『犬』。『スイッチ』。
……ん。小さな文字で何か書いてある。
俺は指でスワイプして、リストをスライドさせる。
リストの右に続きがあった。
A邸:カメラ2台…一眼レフ(C社)とチェキ
チェキ?
防犯カメラの型番じゃない。女子高生がキャッキャする、あのインスタントカメラか?
B邸:大きな犬…ぬいぐるみ(白)
ぬいぐるみ?
番犬対策の毒餌じゃなくて、モフモフしたほうかよ。
俺の思考が停止した。
冷や汗が止まり、別の種類の汗が出てくる。
俺は恐る恐る、男に問いかける。
「おい」
俺の声が、意に反して少し上ずる。
「C邸の『スイッチ』っていうのは……」
男は泣きそうな顔で答えた。
「もちろん2の方です。」
俺は壁の時計を見上げた。 12月25日、午前3時。
その時、若い刑事が取調室に駆け込んできた。
「く、車が、見つかりました!!」
説明を聞くが、もはや何も耳に入ってこない。
俺は深く息を吐き、パイプ椅子に背中を預けた。
「ホワイト」案件。
一晩で30件。
ターゲットの「好み」を熟知しているボス。
俺は立ち上がり、男の手錠を外した。
「行け」
「え?」
「まだ残り29件あるんだろうが。夜が明けるぞ」
「い、いいんですか? 刑事さん」
「いいから行け。あとは俺がどうにかしておく」
「ありがとうございます!!」
「ただし…」
俺は男の背中に声をかけた。
「……中には入るな。それをやったら不法侵入だ。上にも言っとけ」
男は一瞬きょとんとしたが、深く頭を下げると、取調室を飛び出していった。
俺は空になった缶コーヒーをゴミ箱に投げ入れた。
まったく、とんだ「ブラック」な職場もあったもんだ。
(了)
―――夢のない話ですが、参考までに。
日本に限定したとして、クリスマスの夜に子どもにプレゼントを配る場合、
15万人から20万人の配達員を動員しないと間に合いません。
「置き配あり」だとしてです。侵入までさせる場合、60万から70万人必要で、これは全警察職員(約30万人)の倍以上です。それに、侵入したら犯罪です。
すごいなーサンタさん(棒)
ホワイト案件 詰替ボトル @uni-clu
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