ver1.0/ep_01_最終兵器 - 1


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 ep_01 最終兵器 - 1

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 ゆらゆらと揺れる、白い波。

 暖かい海に浮かぶような。そんな心地良さ。

 そして眠い。


「きゃっ」


 寝返りをうった左手が何かをつかむ。

 だが返ってきたのは。澄んだ水の様な、可愛らしい声。


「あ……。気がついたんですね、良かった」


 左手は少女の頭の上に置かれていた。

 慌てて手を引っ込める。


「――、……っ」


 ごめんと口を動かしたつもりだったが、上手く声が出ない。


 誰だろうか。

 優しそうな顔で、にっこりと笑いかけてくる様は、とても愛くるしい。


 吸い込まれるような、青空色の瞳。

 綺麗過ぎるくらいの、純白な髪色。

 髪は肩に少しかかる程度に切り揃えられている。


「すみません、勝手にお身体を拭かせてもらいました」


 白い波に見えたのは、少女の髪がなびいたものだった。

 暖かい感覚がしたのは、お湯で濡らしたタオルで身体を拭いてくれたようだ。


「まだ目覚めたばかりですし、ご無理をなさらないでくださいね。

 ……お飲み物、取ってきます」


 少し頬を赤く染めながら、部屋を出た少女は白い扉をぱたんと閉める。

 13……いや、14歳前後だろうか?

 まだ幼さが残る感じの女の子だった。


「……。……お」


 かけられた毛布が、肌をこする。

 どうやら俺は、上半身が裸のようだった。

 しまった。少女が顔を赤らめたのは、俺がハダカだったからかっ?


「しろ――い」


 俺は白い部屋にいた。

 地球でいうレンガ造りに似た壁と、木製らしき扉は、どれも白く塗られていた。


 壁。扉。部屋。

 ……部屋?

 どこの部屋???


 急激に意識が覚醒する。

 寝ぼけている場合じゃない。

 確か俺。落ちたよな?


 謎の塔に入った瞬間に落ちたトラップで即死。

 からの、謎の改造体験というオマケ付きで。


 よし、落ち着け。慌てるな。

 地球で学校の先生が言っていた。

 どんな時も、まずは落ち着いて深呼吸しなさいと。


 目を閉じて、まずは深呼吸をする。

 ……よーし。いける。


「――ここはどここけこ!!?」


『ようやく目が醒めたか』


 だから慌てるなって!

 慌てるから、また何か聞こえたじゃないか!


『湖血(ウミチ)が落ち着くのに丸3日もかかるとは。全く軟弱な贄(ニエ)だな』


 深呼吸を繰り返す。

 もう一度状況を整理する。

 まず、謎の塔に入った俺。うっかり落とし穴。それから秒で串刺し。それからそれから――。


『それから、贄として稼働出来るのはせいぜい81日だな。

 といっても、既に3日経っているので、後78日か。

 それを過ぎると、貴様の疑似生命活動は停止する』


 だあぁあああ!!!

 肺にたまった空気を全力でバーストする。


 声だ。

 この声だ。

 全ての元凶は。

 一方的に頭に響かせまくったあげく、何故か上から目線。


 何なんだ。俺が何をしたってんだ。

 周囲を見渡そうとしたが、身体が重い。

 寝たままだったので気付かなかったが、鉛でも入っているように体が動かない。


『まあ軟弱な貴様なりに、せいぜい頑張ると良い』


 はぁっ?

 何を頑張れって!?


 悲鳴を上げる筋肉を、怒りの紐でけん引する。

 かろうじて起きる上半身。軋む首を左右に振るが、誰の姿も無い。

 顔も見せず、その”声”だけで俺をなじる気か。


「ふむ。身体は元気そうだな」


 また声が聞こえた。

 今度は空気を震わせ、鼓膜を揺らす肉声の声。

 しかも今度は、白い扉の方から。


「だが、まだ身体は思うように動くまい。完全に馴染んではいないからな。

 もっとも、そうなった所で貴様に使いこなせるとは限らんがな」


 扉が開いた気配は無い。だがそいつは、音も無く扉の側に立っていた。

 さっきまで頭の中で響いていた謎の声。それがこいつなのか?


 頭の中で響く時より、ドスが効いた低い声だが、直ぐにそうだと直感する。

 何故なら、この生意気な口調こそがその証拠。間違いない。


「――お前は、誰だ……ッ」


 かろうじて、それだけ声に出せた。

 声を発すると同時に、マグマみたいなものを飲まされた記憶が蘇る。


 そうだ思い出した。

 俺は”即死トラップ”に落ち、即死状態だった。


 だが、生きている……?

 それとも死んだ状態から、何かの道具にでもされたのか?

 一体俺は、何をされたんだ?


 ……何でも良い。

 今はとにかく、コイツから情報を聞き出してやる。


 この、見た目は16歳くらいでメリハリのあるモデル体型で――。

 全てを飲み込む漆黒の瞳孔に金色の瞳で――。

 深い森の湖面に浮かぶ木々の色をしたエメラルドブルーの髪で――。

 それを巨大なしずくかたどったようなポニーテールにした、よく見たら絶世独立な顔立ちの――。

 この可愛らしい”美少女”から――!!


「……あの、すみません。どなたかいらっしゃるのですか?」


 謎の興奮で我を失っていると、コンコン、と音が鳴った。

 白い扉がノックをされたようだが、さっきまでそこに居たはずの、”アイツ”がいない。


「急にごめんなさい。今、誰かが居たような気がして」


 白い扉が開くと、さっき部屋を出ていった女の子が入ってきた。

 さっきまで俺を介抱してくれていた、白い髪の女の子だ。


 さっきのアイツは、夢……じゃないよな?


 面食らって脳内処理が追いつかない。

 だが今は、目の前の”白い髪の女の子”に集中する。

 何となく、今この子に”アイツ”の事を説明しても、余計な混乱を招きそうな気がしたからだ。


「お口に合うかは分かりませんが、温かいスープ、作ってみました」


 手に持った木製の小さなトレーを、俺が寝ているベッドの上に置いてくれた。

 トレーには、水が入った木のコップと、深皿のスープ。

 スープからはコンソメに似た香ばしい匂いが立ち昇ってくる。


「あ……。お身体がまだ、優れませんよね。どうぞそのままにしていてください」


 そう言うと、白い髪の女の子は、水が入ったコップを俺の口もとまで運んでくれる。

 呼吸をするようにそれを飲み干すと、今度はスプーンでスープを掬う女の子。

 そして、ふーふーと息を吹きかけ、冷ましたスープを、また俺の口もとまでデリバリー。


 ――おいおい、なんて優しい子なのだろう。

 看病からのふーふースープとか、大概の男は一発KOなシチュエーションを、難なくこなしてくる。


「――あり……がとう」


 献身な気持に応えようと、何とか声を出す。


「――ふふっ」


 白い髪の女の子は、また優しく微笑んだ。

 なぜだろう。

 どこか儚い印象。


 気が付くと、水とスープが空になっていた。

 久しぶりに食べ物を口にし、身体が安堵したのか、急に眠気が押し寄せてくる。


「ご無理なさらず、まだ横になっていてくださいね」


 眠気に耐え切れず、そのまま倒れ込む。

 仰向けに見えたのは、白い波と、優しい微笑み。

 ――そして俺はまた、深い眠りに落ちていった。




 ▷ ▷ ▷ ▷ ▷ ▷




 翌日。

 目を覚ました俺は、かなり調子が良くなっていた。

 ちゃんと声も出せるし、身体も動く。

 そして、また白い髪の女の子が朝食を持ってきてくれたので、今度こそきちんと話が出来た。


 ――今の状況をまとめると、こうだ。

 まず、俺を介抱してくれた白い髪の女の子。

 名を”エニス”といい、今年で13歳になるらしい。


「マザーが空き家を買い取って、改修してくれたんです」


 ここは、エニスの家。

 エニスの家は、町から外れた小高い丘の上にあった。

 丁度、この部屋の窓から町を一望出来るくらいの高さだ。


 彼女は幼い頃から両親はおらず、身寄りのない幼子を保護する施設で育った。

 施設を切り盛りする母親的存在――マザーとその仲間達が、この古民家を改修したという。

 町まで通うには不便だが、歩くのが好きな彼女にとってはプラスに変わった。


「私一人でも、生活できるんですよっ」


 手先が器用だった彼女はその素質を見込まれ、衣類の修繕という仕事を持っていた。

 何でも、服を量産するのが難しく、修繕技術というのは貴重なスキルとのこと。

 地球の様な科学技術があるかは不明だが、この星の文明レベルはいまだ発展途上に思えた。


「ここからの眺め、とっても好きなんです。

 明るい木の緑に空色の青。お日さまみたいなオレンジの色も」


 町の名はラーナ。

 ”遺跡の町”と呼ばれていて、都市部というよりは辺境の町らしい。


 カラフルな絨毯を引いたような、三角屋根の街並み。

 明るい色のレンガ造り風の建物は、地球の歴史ソフトで体験した”北欧”という国の雰囲気に似ていた。

 でも俺にとって初めての未確認惑星であるこの土地は。全てを目新しく感じさせる。


「あの一番大きな建物。

 寺院と呼ばれる場所で、私の育った所なんです」


 一際高く、空へと突き抜ける建造物。

 だが、その先端は途中で途切れている。まるで塔の一部を切り取ったように。

 遠すぎて分からないが、その建物だけ異質で、違う素材で出来ているようにも思えた。


「ずっと、うなされていたんですよ」


 そう。謎の塔で即死状態だった俺が、何故ここにいるのか。


 遡ること4日前。


「夕陽の中に、綺麗な流れ星が降ったんです。

 それで私、慌てて願い事をしようとしたら、なんと私の家に降ってくるじゃありませんか!」


 それがつまり、”俺”だったというわけだ。


 エニスにとっては、正体不明の男――即ち、”俺”が、自宅の庭に落ちてきた。

 だが、それを看病してしまうエニスも肝が座っている。

 何でも着ていた服がボロボロで、怪しいというよりは、”可哀想”という気持ちが勝ったそうだ。


 ちなみに、『ちょっとした飛行実験に失敗しちゃったのさ! てへッ!』とだけ、エニスに伝えておいた。

 ”星を渡ってきた”と言うと、変人に思われるか、或いはエニスがパニックに陥りそうな気がしたからだ。

 この星に飛行機というものがあるかは分からないが、エニスはふんふんと頷いていた。


「でも、元気になられて、本当に良かったです」


 白髪の少女が、木漏れ日のように微笑む。


「あの、トウキさん。……お祭り、行きませんか?」


「お祭り?」


 突然エニスが、上目遣いではにかむ。


「はい。町では今、平和記念祭というのをやってるんです。

 私も行きたいんですけど、一緒に行ってくれる人が居なくて……。

 あっ、もし良ければ、なんですけどねっ」


 モジモジと両手の人差し指をツッツキながら言う。

 ――ぐぅ、かわいい。


「平和記念……てことは。前に戦争があった……とか?」


 戦争というワードに、口が重くなる。


「はい。もうずっと遠い昔、世界中で争いが起きていた時代。

 その中でも、最後まで争いを止めなかった国があったそうです……」


 そう言った途端、突然何かを吹っ切るように、エニスはニコっと微笑む。


「でも、今は平和ですよ!」


「そ、そっか!

 じゃあ、エニスには世話になったし、お祭りに行ってみようかな!」


 エニスの反応が少し気になる。

 だがそれよりも、こんな得体の知れない俺に、エニスは三日三晩看病してくれたのだ。

 これに付き合わないというのは、地球代表紳士として如何なものか。


「良いんですか!?」


 ぱぁっと弾ける笑顔を、エニスは咲かせる。


「それで、どんな祭りなんだい?」


「はい。えっと……。

 アトラーナが滅んで世界が平和になって。”強い力”を持たなくても平和に暮らせるよう、神様に感謝する……。

 確か、そんな感じです!」


 急に辿々しく説明するエニス。


「うん、是非見たい!」


 三日三晩看病してくれたのだ。

 これに付き合わないというのは、”紳士”として如何なものか。


 それに、――超古代文明”アトラーナ”か。

 一体どんな文明だったのだろうか……?


「じゃあ、早速準備をしますね♪」


 エニスが嬉しそうな足取りで、ぱたぱたと部屋を出る。


 ちなみに、ボロボロだった俺の服は、エニスが丁寧に直してくれた。

 衣類の修理を仕事にするだけあって、余った布で手際よく直してくれた。


 その歳からもう仕事をしているなんてと思ったが、この星では割と普通らしい。

 無くした原型をつぎはぎした、ワイルドな仕上がりの服に着替えると、俺とエニスは町へと繰り出した。


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ウミチの魔女 ver1.0 エネ2 @ene2city

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