モノクロの中の赤

ほっとけぇき@『レガリアス・カード』連載

第1話

「これがモノクロ専用カメラか。よーし、これからいっぱいモノクロ写真を撮っていくぞー!」


 尾崎康太、20歳大学生。ついに自分への誕生日プレゼントとしてモノクロ専用カメラを買った。

 

 これで、長年の憧れがようやく叶う。

 だって、かっこいいだろ。カラフルな写真ももちろん壮大な感じがして好きだ。でも、モノクロ写真は色が絞られるから締まった雰囲気がするんだよな。


 俺は胸を高鳴らせながら、早速カメラ片手に外へ出ていくことにした。もちろん、色々なものの写真をこのカメラで撮るために。


「お、猫がいる。……猫ちゃーん、ちょっと写真を撮るからそこから動くなよ~」


 パシャリとシャッターを切ると、音と光にびっくりしたのか猫はその場から逃げ出してしまった。

 あと3枚は撮りたかったけど、とりあえず試し撮りと言うことにしよう。


「これは想像以上にいいのでは?」


 猫ちゃんが逃げ出しちゃったからぶれていないか不安だったけど、ぶれていなかった。それどころか、真正面できょとん顔を撮れた。


 中古屋さんで買ったからどうなるか不安だったけど、これなら問題なさそうだな。


「よし、今度の写真サークルで使うときはこのカメラを持っていくぞー!」


 *


「な、なぜだ。このカメラ、モノクロ写真専用じゃなかったのか」

「康太、飯ん時までカメラいじってんなよ」

 

 友人の翔にやんわりと注意される。

 そうだ、今は彼と学食を食べようとするところだった。

 

 食券番号を呼ばれていった彼はしばらく戻ってこないだろうと思っていたが、今日は結構早かったな。


「すまん。でも、どうしてもおかしいんだ。買った店に苦情を出してやる」


 すっかり冷めてしまったラーメンをずるずると啜りながら、文句を垂れる。

 行儀がよくないことは分かっている。


 でも、これは不満を抱いてしまっても仕方がないじゃないか。

 モノクロ写真なのに、赤色が映っているなんておかしいだろう!!


「つまり、カメラに映る色がおかしいってことか。……いや、しょうもな。そんな小さなことでカリカリすんなよ。」

 

「小さくない。モノクロ写真は二色で縛られているから普段見ている写真とは違った見え方をするんだ。色の情報って視覚情報の中でも重要なんだ。それを省かれることで……」

 

「あぁ、おれが悪かったから。それ以上マシンガンしないでくれ」

「すみませんでした」


 つい、気分が高まって言いすぎてしまった。

 うなだれる俺を見て「別にいいよ」と笑う友人は閃いたように、俺にカメラで撮った写真を見せるように催促する。


 写真を見て、彼は一体何をやりたいのだろう。


「うーん、見えないなぁ。これ、普通のモノクロ写真じゃないか?」

「え?ほら、この人の右足とか、そっちの顔とかちょっと赤くなっているだろう」


 翔は目の距離を変えながら再度観察するが、首を横に振る。

 ちょうど通りかかった他の友人に声をかけ見てもらった。やはり彼らにも見えないみたいだ。

 

「康太、お前ちゃんと寝ているか?」

「寝ているぞ、7時間。」


「お前、オールとかできないもんな」とからかいながら言う彼に少し腹立たしさを感じるが、今は彼が頼りだ。

 自分で考えてみても、どうして写真の一部が赤くなるのかさっぱりわからん。


 やっぱり、買った店の店主に聞いてみるしかないのか。


「これって、人が映っているときだけじゃないか?それとお前の話を聞く限りじゃ、赤くなっているの体の一部みたいだな」


 確かに彼の言うとおり、どれも被写体が人のときに写真の一部が赤くなっている。

 冷静になって見て見ると、ある写真は足の付け根、またある写真は指といってどれも体の一部がピンポイントに赤く印づけられている。

 

 ダンディなおっさんの写真なんか心臓の位置が赤くなっているのが物騒だな……。


「でも、それが分かったからなんだって言うんだ」

「それもそうなんだよなぁ。……あ、康太。試しにそのカメラでおれを撮ってみてくれないか?」

「別にいいけど……なにするつもりだ?」


 カメラを向けると彼は元気よくピースサインを掲げて笑う。

 どんな写真が撮れたかな……。


 な、なんだこれ。


「康太、顔青ざめさせてどうしたんだ?」


 こんな写真、翔にはとてもじゃないけど渡せない。

 被写体の彼の右腕が真っ赤に染まり上げている物騒な写真なんて、絶対に。


 今まで、赤くなっていた部分はピンポイントだった。それなのにこの写真は腕丸ごと赤くなっている。


「な、なんでもないさ。別に赤くなんてなっていなかったよ」


 残念とでも言いたげな顔で写真を受け取る翔。

「康太、やっぱり写真撮るの上手いな」、無邪気にそう笑う彼にこの現実を告げる勇気はなかった。


 それを後悔するのはたった数日後のことだった。

 翔が階段から落ちて右腕を骨折したのだ。


 しかも、かなり勢いよく落ちたみたいで複数箇所骨折していたようだ。


「翔、大丈夫か。腕すごいことになっているな」

「あぁ、平気平気。むしろあんな勢いで転んだのに骨折程度で済んだのが奇跡だわ」

 

 へらへらとそう笑う彼の頬に脂汗が滲んでいたのを俺は見逃さない。

 

 俺が写真を撮らなかったら怪我しなかったのだろうか。そう胸に疑念が付きまとう。

 怖い、恐ろしい。写真を撮ってしまったことでそうなってしまったのだとしたら、ぞっとする。


 それから、俺はあのカメラで写真を撮るのをやめた。


 *


「……そういえば、自分の写真を撮ったことがなかったな」


 あれから数週間、あのカメラ自体を視界に入れていなかった。

 不気味で恐ろしいものにしか感じなかったから、これ以上誰かを不幸にしたくなかったから。


 割ける理由なら、理由はいっぱいある。

 

 それなのにいきなりあのカメラを手したくなる衝動に襲われる。

 手にしてはならぬと、脳内が警鐘を鳴らす。

 

 しかし、誰かに導かれるまま、気が付くと俺はカメラを手にしていた。


 パシャリ。

 鏡越しに映る写真を見て、頭が真っ白になった。


「なんだ、これ」


 もはやこれは白黒写真なんかじゃない。

 鏡越しに映るカメラを持つおれは全身が赤くなっている。


【やっと、撮ってくれた】


 女のような、男のような声が耳元で囁く。その声色は歓喜を帯びる。

 この時を待っていたと言わんばかりにそれは俺の体を抱きしめる。


 ミシミシと音を立てるほどの強い力で抱きしめられているはずなのに、感覚すら感じない。

 息苦しさのみは感じるのだ。


 段々、体に力が入らなくなっていく。視界も碌に役に立たなくなっていく。

 やがて、カ゚シャリとカメラが音を立てて壊れた。


 床に着くほどの長さを持つ黒髪の女が赤い口を開ける。


 あぁ、俺、しn――


 

 『次のニュースです。△区に住む尾崎康太さん20歳が、自室のマンションで死亡しているのが確認されました。警察は自殺とみて――』

 

 

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