第5話 『光に消えた父』 【序章・第五節】
朝の研究室。
明日香はまだ寝起きのぼんやりした表情で、加奈子の袖に軽く触れながら立っていた。
「明日香、今日は元気そうね」
「……うん」
眠気の残る瞳の奥で、何かを探すような揺らぎがちらつく。
加奈子はその小さな不安を包むように、髪をそっと整えてやった。
資料の束を抱えた源次郎が入ってくる。
「今日は少しだけ仕事があるんだ。クロノスエコー、もう少しで完成しそうでね」
加奈子は微笑むが、装置のわずかな揺れが気になった。
「でも無理はしないでね……装置、少し振動が増えてる気がするから」
源次郎は軽く頷き、二人の頭を撫でて研究区画へ向かう。
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◆ 研究区画――装置の揺らぎ
源次郎が作業を始めると、装置は低く唸るような音を立てた。
わずかな振動、数値の細かいズレ。去年から続く不規則な“揺らぎ”が今日も現れる。
加奈子は端末に目を落とし、眉を寄せる。
「このレベルなら大丈夫……でも原因が掴めないのは不安だわ」
隣ではアイラが静かに補助作業を進めながら、センサーで異常値を追う。
「加奈子、こちら側でも微弱ですが反応があります」
ふたりは装置周りの安全確認に集中する。
その短い時間だけ、明日香への注意が外れる。
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◆ 吸い寄せられる光
研究区画の扉は、いつもなら閉じているはずなのに、今日はわずかに隙間ができていた。
そこから、揺れる柔らかな光が漏れる。
明日香は足を止め、その光を見つめた。瞳が吸い寄せられるように細く揺れる。
(……おとうさん…何をしてるのかな……きれい……)
恐怖よりも、ただ美しい光に触れてみたいという幼い好奇心のほうが勝った。
小さな足が、とん、と扉の向こうへ踏み込む。
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◆ 父の気づきと暴走の兆し
源次郎は装置の深部パネルを調整していたが、ふと背後に違和感を覚える。
空気の流れが、さっきと違う。
振り返ると、白い光に包まれた明日香の小さな影があった。
「……明日香?」
その瞬間、装置が鋭い音を立てて警告を鳴らす。
アイラが叫ぶ。
「因子値が跳ね上がっています! クロノ因子が……!」
光が揺れ、空間が歪む。
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◆ 閃光、抱擁、そして消失
「明日香!!」
源次郎は迷わず手を伸ばし、光へ歩み寄る娘を抱き寄せた。
明日香は何が起きたのかわからず、ただ腕の中で目を瞬かせる。
「大丈夫だ、怖くない……」
言い終わるより早く、装置が白い閃光を噴き上げた。
爆轟。視界を奪う白。床が崩れ、空間が裂ける。
加奈子が手を伸ばしたときには、源次郎と明日香は光の中心に飲み込まれていた。
声をあげる間もなく、父の背中だけが最後に輪郭を結び、そして──消えた。
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◆ 放心と安堵、涙
その横で、明日香は混乱した瞳で周囲を見渡す。
幼い心には何が起きたのか分からない。ただ、抱きしめられる感覚にかすかな安心を覚える。
アイラはそっと明日香を抱き上げ、優しく身体を包み込む。
「大丈夫……今は安全です」
柔らかく、しかし確かな声。
明日香の小さな体が少しずつ落ち着きを取り戻す。
安堵した後、胸に溢れる感情がこみ上げる。
恐怖や寂しさ、父を失った悲しみが涙となって頬を伝った。
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