第4話 『揺れる面影』 【序章・第三節】
明日香が遊ぶ午後の時間帯。
研究室は穏やかで、どこか春のような静けさに包まれていた。
加奈子は端末でデータ整理を進めながら、時おり明日香の様子を横目で確認する。
明日香は床に広げた積み木を夢中になって並べ、時々アイラに見せるように振り返って笑った。
アイラはその笑顔に小さく頷きながらも、内部の別プロセスで装置の状態を調べ続けている。
――微細な振動。
――数値のわずかな波形の乱れ。
――昨年から残り続けている“揺らぎ”の名残。
体感では分からないほどの小さな乱れだが、アイラのセンサーは見逃さない。
「……加奈子さん。また、ほんの少しだけ数値がズレています」
報告を受けた加奈子は視線を上げて眉を寄せた。
「このレベルだと緊急性はないよね?でも……原因が掴めないのが厄介だわ」
加奈子は近くの壁に取り付けられた装置へ歩み寄り、小さく耳を澄ませた。
何も聞こえない静けさのはずなのに――
天井付近で、ほんの一瞬だけ「キィ……」と金属が摩擦するような微かな音が響く。
「……今の、聞こえた?」
「はい。位置特定は難しいですが、装置の一部で共振が起きています」
加奈子は肩をすくめ、苦笑を浮かべる。
「また今年も、か……」
その声は軽い冗談のようでいて、胸の奥には小さな不安が沈んでいた。
一方で明日香は異変など知らない顔で、積み木を積み上げては「みて〜!」と嬉しそうに声を上げる。
「はい、見ていますよ」
アイラは柔らかく返事をし、明日香の頭をそっと撫でた。
その手つきは変わらず優しい。
けれど、アイラの内部ではひとつの波形が静かに揺れていた。
それは――リリィの意識が、微弱ながら反応したしるし。
「……アイラ?」
「いえ。問題ありません」
アイラはすぐに平静に戻り、明日香の笑顔を見つめた。
しかし装置の赤いランプが、ふいに一度だけ点滅した。
まるで何かを知らせるように。
加奈子はその光に一瞬視線を奪われ、胸の奥がざわりと揺れる。
それは予兆。
まだ誰も気づかない、小さな影の始まりだった。
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