ふ菓子売りの少女

詩川

ふ菓子売りの少女

 とあるところにお菓子の国がありました。

 王様と国民はみんなお菓子が大好き。

 お菓子のお城に住み、お菓子のお家に住む。そんな日常を過ごしているお菓子の国。


 その国では毎日お菓子を売るマーケットが開催されていました。

 通称「カシウル」

 お菓子を求める人がごった返し、お菓子を売りたい人もごった返す甘ったるい空気の漂う大通り。

 並ぶ露店を見てみれば、ふわふわの綿菓子、赤いイチゴが映えるショートケーキ、人生で一度はお目にかかりたいクロカンブッシュ、いまいち食べ方のよくわからないシュトーレン。

 そんなメルヘンチックな洋菓子が集まるこの場所で、とても地味なお菓子を売り歩く少女がいました。


はいかがですかなぁ〜!ふ菓子〜ふ菓子〜おいしいふ菓子〜!」


 着ている服はボロボロ、顔は煤けてみすぼらしい。

 だけども元気いっぱい!みんなの人気者です。

 両親が残した多額の借金を返済するため今日も元気にふ菓子を売っているのです。


「あ、ふ菓子屋さ〜ん!ちょっと来て!」


 声をかけたのはマカロン屋さん。

 ピンクと白に彩られたポップな雰囲気のお店にお姫様のような格好をした少女がマカロンを売っています。


「お!ふ菓子をお求めで!?おいくつ包みましょうか!」


「まあ、ふ菓子はこの間頂いたからもういいの!それよりも新作のマカロンを食べて頂戴な。きっと気に入るわ」


 そう言って差し出したのはオレンジ、ピンク、白、紫、まるで色とりどりのお花みたい。


「わあ〜さすがはマカロン屋さん!とってもきれい!」


「食べて食べて!」


 言われるがままに頬張るふ菓子屋さん。

 しばしの真顔と沈黙のあと、とびきりのニコニコ笑顔ではしゃぎます。


「おいしい〜!満点も満点です!はい、クッキーをどうぞ」


 ふ菓子屋さんが差し出したのは星の形をしたクッキー。

 そう、このカシウルではおいしいと思ったお菓子に星形のクッキーを贈る習わしがあるのです。


「ありがと〜、ふ菓子屋さん。また新作が出来たら食べに来てね!クッキーも待ってるわ」


「もちろんです!……ところでふ菓子は──」


「ふ菓子はもういいの!ほら、クッキーはあげるから」


 ふ菓子屋さんは「こりゃ参った!」と自分の額をペチンと叩いてから、売り歩くのを再開します。


「ふ菓子はいかがですかなぁ〜!ふ菓子〜ふ菓子〜おいしいふ菓子〜!」


 すると、遠くの方に黒いスーツを着た強面のお兄さんがいるのが見えました。

 彼はふ菓子屋さんを見つけるなり指をさして怒鳴り声をあげます。


「見つけたぞふ菓子屋!とっ捕まえてやる!」


「おっとと〜、これはまずい、撤退だ〜!」


 ふ菓子屋さん、慌てて猛ダッシュ。お盆からこぼれ落ちそうなふ菓子をギリギリのところで持ちこたえながら走ります。

 ここまでして逃げるのは当たり前、なぜなら強面お兄さんは借金取り。捕まればどこに埋められるか分かったもんじゃありません。


 もうとっくに見慣れたその光景を周りの人たちは笑いながら見送ります。


「またあいつらやってるよ、好きだねぇ」


「それにしても、あのスーツ姿の男は何者なんだろうねぇ」


「知らねぇさ、ふ菓子屋のファンなんじゃないの?」


 ふ菓子屋さんは死に物狂いで駆け抜けます。

 道行く人にぶつかり、お菓子がギチギチに詰まったゴミ箱を押し倒し、時折壁に顔面をぶつけながら。


「はぁ……はぁ……ふ、ふ菓子を差し上げますので今日の所はご勘弁を~!!」


「いらねぇよこの野郎!待ちやがれ!!」


 路地裏をくねくねと曲がりに曲がって、ようやく出てきた広い場所に1軒のお店屋さん。


「……ッ!ここはもしやシュークリーム屋さん!」


 入り口まで一目散。

 もこもこのシューで出来た扉を激しくノックします。


「シュークリーム屋さん!どうかお助けを!」


「……なんだよ騒がしいな」


 ゆっくりと開いた扉から覗かせたのはボサボサの髪に目の下にはくっきりと隈を浮かべた無気力お姉さん。


「悪いヤツに追われているのです!どうか匿って!ふ菓子あげますから!!」


 頭にゴミやらなんやらをへばりつけたふ菓子屋さんを見て、シュークリーム屋さんは実にめんどくさそうな顔でため息をひとつ。


「いらねぇよ。……早く入んな」


「恩に着りますシュークリーム屋さん!……おじゃましまーす!」


 ふ菓子屋さんは借金取りが来ないうちにそそくさと店の中へ。

 しかしその姿を見たシュークリーム屋さんは慌ててストップをかけます。


「おい待て!頭に飾ってあるその汚ったねぇゴミを取れ。それから穴あきオンボロ靴を脱げ」


「おほほ!これはこれは失礼しました!」


 ◇


「……で?誰に追われてたんだ?」


「悪いヤツですよ!私のふ菓子を狙って付け回しているのです」


「ふっ…そのふ菓子にそこまでの価値なんぞあるかね」


「ありますともさ!とってもおいしいんですよ、おひとついかが?」


 ふ菓子屋さんは頬を膨らませてふ菓子を差し出します。


「いらねぇよ」


 そう言ってふ菓子を受け取ると、シュークリーム屋さんはパンッと手を叩きました。

 すると部屋の奥から何かがテクテクと歩いてきました。


「オヨビ デ ショウカ」


 2本足の生えた球体の一部を、ケーキ1ピース分くり抜いたような口のついたロボット。

 それを見たふ菓子屋さんは目をキラキラとさせてはしゃぎます。


「わあ!これってパクパクロボではないですか!?いいないいな、かっちょいいな!今流行ってるんですよね!?」


「ああ……試しに買ってみた」


「オカシ ヲ トウニュウ シテクダサイ」


 シュークリーム屋さんはふ菓子をパクパクロボの口へと放り込みました。

 パクパクロボは口をパクパクとさせてふ菓子を飲み込んでいきます。

 やがて食べ終わると喋り始めました。


「ウーン ラムシュ ガ キイテイテ ウマイ!」


「……おい、ふ菓子にラム酒入れてんのか?」


「なんと!そんなはずは……間違えて入れちゃったかな?てへへっ」


「『てへへっ』じゃねぇよ……これじゃあクッキーはやれないな」


「そんなぁ……今度はラム酒が入らないように頑張りますから!」


「頑張りどころがちげぇな」


 そう言ってシュークリーム屋さんはクッキーを差し出すのでした。


 ◇


「そういえばシュークリーム屋さん、お煎餅はもう作らないので?」


 特に何も考えずにふ菓子屋さんは聞きました。

 しかしそれがまずかったようで、シュークリーム屋さんはギロリとふ菓子屋さんを睨みつけます。


「その話はすんじゃねぇよ」


「で、でも!あんなにお煎餅のことが好きだったではないですか!」


「うるせぇ!誰も食わねぇからやめたんだよ!あんな地味な菓子流行らねぇ。今はシュークリームの時代だ……わかったら黙って出ていけ」


「でも……」


「出ていけ!」


 半ば追い出されるようにふ菓子屋さんは出ていきます。

 外へ出て、トボトボと惜しむようにその場を離れます。

 すると、背後でシューの扉が開く音がしました。

 ふり返るとそこにはシュークリーム屋さんが。


「……さっきはすまなかったな。……また来いよ」


 それを見て、浮かない顔だったふ菓子屋さんはニコニコ笑顔に元通り。


「また来ます!ふ菓子もいっぱい持ってきます!」


「いらねぇよ。……じゃあな」


 ◇


「ふ菓子はいかがですかなぁ〜!ふ菓子〜ふ菓子〜おいしいふ菓子〜!」


 再び大通りへと戻ってきたふ菓子屋さんは懲りずにふ菓子を売り歩きます。


 すると、向こうの方から歩いて来るのはケーキ屋さん。

 白いドレスが美しい、まさに貴婦人。


「あらあら、おいしそうなふ菓子ねぇ」


「お、これはこれはケーキ屋さん!ふ菓子をおひとついかがでしょう」


「そうねぇ……いただこうかしら……」


「ありがとうございます!ではお好きなふ菓子をお選び──」


 ふ菓子の載ったお盆を差し出そうとすると、ケーキ屋さんは静止します。


「待って、今はいいわ……はい、これ」


 代わりにふ菓子屋さんが受け取ったのは予約券。

「あとで買いに来るね」というカシウルでよく使われているチケット。


「おお、またですか……ではお待ちしておりますね!」


「ああ、そうそう。先にクッキーは渡しておくわね」


「わ〜い!クッキーだ!」


 そう言ってケーキ屋さんを見送ります。

 ふ菓子屋さんは予約券を仕舞うため、予約券専用ポーチを開けました。

 中は予約券でギチギチに、今にも張り裂けそう。


「うーむ、いつ食べに来てくれるのやら」


 ポーチを閉め、再びふ菓子を売り歩きます。


「ふ菓子はいかがですかなぁ〜!ふ菓子〜ふ菓子〜おいしいふ菓子〜!……わわっ!」


 突然ふ菓子屋さんの前に黒い壁が現れぶつかってしまいました。


「いてて……こんなところに壁があったとは──」


「よう、また会ったな」


 目の前にいた人物の顔を見てふ菓子屋さんはどんどんと青ざめていきます。

 なぜなら彼女がぶつかった黒い壁、それは借金取りだったからです。


「あわわ〜!撤退〜!!」


「待ちやがれふ菓子屋!今度は逃さねぇぞ!」


 また追いかけっこのスタートです。

 見守るみんなは応援し始めました。


「がんばれ〜ふ菓子屋〜」


「スーツの兄ちゃんも負けんなー!」


 ふ菓子屋さんはさっきのように路地裏をくねくねと走り回ります。

 しかし今度は借金取りも負けじとしつこくついてきます。


「しつこいですよ〜!ふ菓子差し上げますから!」


「いらねぇつってんだろ!金返せ!」


 やがてふ菓子屋さんはゴミだらけの行き止まりに来てしまいました。


「ああ〜まずいまずい。なんとかせねば!」


 キョロキョロと周りを見ますが隠れられそうな場所はありません。

 そこで目についたのはたくさん捨てられているお菓子たち。

 ふ菓子屋さんはいいことを思いつきました。


「……そうだ!お菓子の包み紙を使って変装しよう!」


 身に着けていたボロボロの服に次々と包み紙をペタペタと貼り付けていきます。

 たまたま落ちていたサングラスも装着して変装完了!

 そこへちょうど借金取りがやって来ました。


「おいあんた!ここにふ菓子屋が来なかったか!?」


「さあ〜?知りませんな」


 ふ菓子屋さんはピューピューと口笛を吹きながら答えました。

 何かおかしいと思った借金取りは距離を詰めます。


「……お前、ふ菓子屋か?」


「そ、そんなわけないじゃないですか!」


「じゃあ好きな食べ物はなんだ」


「もちろんふ菓子!……ハッ!」


「やっぱりふ菓子屋じゃねぇか!」


 こうしてふ菓子屋さんは借金取りに捕まってしまいました。


 ◇


「ねえ、聞きました?ふ菓子屋さんのご両親、多額の借金を残して亡くなってたんですって」


「まあ!それでいつも追いかけられていたのね!かわいそうに」


 街では早速噂が流れています。

 その間を縫うようにふ菓子屋さんと借金取りは歩きます。

 逃げられないようにふ菓子屋さんの腕をガッチリと握りしめて。


「とっとと歩け!」


「ひぇ〜、毎日あなた様の家にふ菓子をお届けするということで手を打ちませんか?」


「いらねぇっつってんだろ!」


「今ならふ菓子抱き枕もお付けするので!」


「いらねぇ……いや、それは欲しいかもな」


 それを聞いたふ菓子屋さんの顔はパッと明るくなります。


「で、では借金の方はチャラに……」


「お前を処分したあと、遺品として抱き枕は貰おう」


「誰かお助けを〜!」


 2人は大通りを抜け、やがて大広場に出てきました。

 そこでもたくさんの人たちがお菓子を買ったり売ったりして楽しんでいます。

 しかし、連れて行かれるふ菓子屋さんを見るやいなやみんな不憫そうな目を向けるのでした。


「なかなか人望があるようだな、お前」


「みなさんのお菓子は一通り食べさせていただきましたから、それなりに交流はあるのですよ」


「そうか……まあ、別れのあいさつくらいはさせてやるよ」


「本当ですか!?やった〜!」


 そうして2人が向かったのは大広場の中央にあった演説台。

 ここはいつも王様が演説をしている場所です。

 段を上ったふ菓子屋さんはマイクテストをします。


「あー、あー、みなさん聞こえますでしょうか?」


 すると大広場にいたみんながふ菓子屋さんの方へと向きました。

 その中にはマカロン屋さん、シュークリーム屋さん、ケーキ屋さんもいます。

 ざわざわと騒がしい中ふ菓子屋さんは声を続けます。


「このたび借金取りさんに捕まってしまいまして、お別れのあいさつをさせていただくことになりました」


 まるで他人事のようなその言い方に所々で笑い声が上がります。


 ふ菓子屋さんは目をつむり、息を整え、真っ直ぐな目をみんなに向けます。


 そしてゆっくりと、とても静かに語り始めました。


 ◇


 この中で、私のふ菓子を食べたことのある方はいますでしょうか。


 ……


 私はふ菓子が好きです、愛しています。

 こだわりを持って、誇りをもって、愛情込めて作っていました。

 みなさんがマカロンを、シュークリームを、ケーキを作るのと同じように。


 でも、今わかりました。

 それらはすべて自己満足に過ぎなかったのです。


 こんなハリボテの星形クッキーなんて意味がなかった。

 贈り合えばそれで終わり、中身なんて関係ない。

 誰も私のふ菓子の味を知らないのです。


 食べないなら食べないでいいのです。

 ふ菓子を粗末に扱ってほしくない、ただそれだけなのです。

 見せかけの褒め言葉もいらない、期待を抱かせる予約券もいらない。

 ただ純粋に味わってほしいだけなのです。

 たったそれだけのことがどうしてこんなにも難しいのでしょうか。

 昔のカシウルはこんな状態ではなかったはずです。純粋にお菓子が好きな人同士、互いに切磋琢磨し合ういいマーケットだったはずです。

 承認欲求を満たす場ではなかったはずです。

 今は見る影もない。


 私はカシウルが好きです、カシウルを愛しています。

 それ故に、カシウルが憎いのです。

 でもカシウルは悪くない、悪いのは我々お菓子職人です。

 流行りに乗ってばかりで新しいものを生み出そうともしない。

 だから粗製乱造の味気のないお菓子が増え、真に価値のあるものは埋もれていく。


 色はあっても心がない、温度はあってもぬくもりがない。


 私はふ菓子が好きです、愛があります、こだわりがあります、誇りがあります。

 でも私も普遍的なふ菓子しか作ってこなかった。

 私の罪です。


 もしもう一度、ふ菓子を作る機会があるならば、私は殻を破りたい。

 今までにない突飛なふ菓子を作りたい。

 埋もれてもいい、埋もれる中でも鈍く輝くようなふ菓子を作りたい。

 みなさんも殻を破ってみませんか?今一度自身の心に問いかけてみてください。

 今作っているお菓子は本当にあなたの作りたかったものですか?

 そのお菓子の中に「自分」がありますか?

 変えるのは怖い、変わるのは怖い、誰も食べてくれないのが怖い。

 でも一度だけでいい、本当の自分に挑戦してみませんか。

 マイナーなお菓子でもいい、地味なお菓子でもいい。

 孤独を恐れず歩んでほしい、そしてこのカシウルを再び盛り上げてほしい。

 未知があふれ、ワクワクできるカシウルが帰ってきますように。

 そう、切に願っております。


 最後に……私のこの言葉は誰にも届かないかもしれない。

 でもそれでいいんです。

 5年後、10年後……100年後でもいい、きっと誰か1人に届くはずです。

 それだけで私は満足です。


 長々とありがとうございました。


 ◇


 ふ菓子屋さんの演説が終わりました。

 大広場はとても静か、声も拍手も何もありません。

 みんな呆気に取られて口をポカンと開けたままです。


 すると、ふ菓子屋さんのもとへとテクテクと何かが歩いてきました。

 パクパクロボです。


「オカシ ヲ トウニュウ シテクダサイ」


 ふ菓子屋さんは2本持っていたうちの1本を放り込みました。


「ウーン ラムシュ ガ キイテイテ ウマイ!」


 シュークリーム屋さんのときと同じ感想が返ってきました。

 ふ菓子屋さんは優しく微笑んで諭します。


「ふふ、初めからラム酒なんて入ってませんよ。おバカさん」


「ウーン テキビシー」


 パクパクロボはテクテクと去っていきました。


 続いてふ菓子屋さんは演説が終わるのを待っていた存在に話しかけます。


「さあ、行きましょうか借金取りさん。私を海に沈めるも山に埋めるもあなたの自由です」


 借金取りも演説を聞いて少しの間ポカンとしていました。

 少ししてから、ゆっくりと口を開きます。


「俺に……ふ菓子をくれないか?」


 その声はほんの少しだけ震えていました。


「やっと、食べてくださるんですね……はい、どうぞ」


 ふ菓子屋さんは優しく微笑んで、最後の1本を差し出しました。

 借金取りは一口かじり、ゆっくりと味わうように噛み締めます。

 ようやく飲み込んで、感想をひとつだけ言いました。


「……美味いな」


 ふ菓子屋さんはとても嬉しそうにニッコリと笑うのでした。


 おしまい

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