急転

 翌日から、私は一掃気合を入れて作業に臨む事にした。彼らの事を知りたかった。私自身を変えたかった。そんな私の胸の内を知ってか知らずか発掘現場での日々は慌ただしく過ぎていく。日中は発掘作業に取り掛かり、日が沈めば……

「そういえば、ラニアさんは冒険者としては長いんですか?先生はギルドに腕利きを要請したとか言ってましたけど。」

「パデルがそんな事を?まぁ……それなりに優秀な自覚はあるわよ。そろそろ三年目になるもの。」

 焚火を挟んでメイオとたわいない事を話す。これまで受けた依頼の事、どんな化石を見つけたのか、それから今まであった面白い人とか……そうしてノボアが眠りにつけば、それぞれのテントに戻って眠る。そんな事が夜の習慣になっていた。彼自身話しやすい相手だったということもあるけど、一番は自分自身を見つめなおすため。夢を目指す彼を見ていれば、私も変われるかもしれない、そんな気がしたから。せめてこの依頼が終わるまでは……なんて。もしかしたら、浮かれていたのかもしれない。


「ふぅむ、この分なら予定よりも早く切り上げられそうだな。」

 いつも通り作業を進めている最中、パデルがそんな事を呟くのが聞こえた。

「そう、もう終わりが近いのね。」

 確かに散々掘り返した崖の前には、代償様々な岩が整然と並べられていて、資料としては十分な量が集まっている。急に、もうすぐ終わってしまうのだと言う実感が湧いてくる。依頼が終わる事に寂しさを覚えるなんて初めてだった。思ったよりも私は居心地の良さを感じていたのかしら?そんな自分に気付いて、照れ隠しにため息をつく。振り返ってみても、道中では散々魔物に襲われた事、作業場では日が沈むまでゴーレムを使役し続けた事、そんな事ばかり。それでも、メイオやパデルの話で自分の世界が広がるのを感じた……あの夜に私は変わろうと思えた。間違いなく言えるのは、この依頼を受けて良かったと言う事。

 そんな感傷に浸る私を突如、不愉快な感覚が貫く。

「!?今のは……」

「どうかしましたか?」

 作業中だったメイオが顔を上げ、此方の様子を見ている。気づけば、パデルやノボアも作業の手を止めて、周囲を伺っている。もしかしらた彼らは何か感じているのかもしれない。

「警備用のゴーレムからの魔力同調が途絶え……ッ!また!?」

 一体、また一体。次々と魔力同調が途絶えていく。核石の整備不良では無い、外部からの破壊に伴う強制的な遮断。核石を通じた簡易な出来とはいえ、獣や小型の魔物程度ならあしらえる警備用ゴーレム。それが次々と破壊されていく、間違いなく意図的に何者かが攻撃してきている……!

「全員集合!何か来る!!」

 トラブルには慣れているのか、彼らの動きは迅速だ。器材や荷物はそのままに私の側に集まる。その外側へと核石をばらまき、大地へと魔力を流し込む。これでどこから来ても対応できる筈。突如訪れた窮地に、緊張で手に汗が滲む。私の背後ではパデルとノボアが構えるのが分かる。本当なら依頼人を危険に晒すなんて避けるべきだけど、今はただ心強い。

「大地よ、その身を盾に!」

 大地が隆起するのと同時に電光が瞬き、砂埃が上がり土片が砕け散る。核石を通じて伝わるその衝撃の強さに、思わず怯む。けれど、こんなのは序の口に過ぎない。だって私の目の前にいるのは……翼を広げこちらを見下ろすあの影は――!

「青竜……!!」

 青い鱗は日光を受けて不気味に輝き、鋭い牙が並ぶ口からは時折電光が爆ぜ、爛々と輝く黄金色の目は真っすぐに此方を射抜いている。ノボアよりも、さらに巨大なその生物が悠然と滞空する様は、恐ろしさと美しさの両方を思わせる。

「大地よ!」

 再び電光が迫る!先ほどよりも重い。さらに間髪入れずに複数回放たれるブレスを何とか凌ぐ。その度に核石は砕け、衝撃に身が竦みそうになる。何としても彼らを守り切らないといけない。けど、このままじゃ……!!

 先に動いたのは青竜だった。ブレスは効果が薄いと見たか、その巨躯を翻しこちらへと突っ込んで来る!大地の盾にあの巨体を止めるだけの出力は無い……でもやるしか無い!

「ノボア!!」

 メイオの叫びが聞こえたのと太い腕に抱きかかえられるのは同時だった。パデルだ。彼が私とメイオを抱え上げ、一目散に走り出したのだ。向かう先は木々に覆われた密林の中、そこに乱暴に下ろされる。

「ちょっと、どいて!私は戦わなきゃ!」

 慌てて駆け出そうとするのをパデルに制される。視線の先では、ノボアが青竜の突撃に真正面から受けて吹き飛ばされるのが見えた。流石の闘虫でも自分よりもさらに大きな竜相手では分が悪い……このままじゃノボアが殺されちゃう!

「ノボアなら大丈夫だ。それにお前には別の仕事を頼みたい。」

 それだけ言うと帽子を被り直し、こちらに背を向ける。そこには古生物学パデルでは無く、冒険者デルコートの姿があった。

「俺が行く、ノボアと俺が奴を引き付ける。お前はメイオを頼む。」

「それは……!」

 私が足手まといって事?なんて、聞けなかった。そんなのは言うまでも無い事だった。涙が溢れそうなのを必死でこらえる。

「心配すんな!落ち合う場所はメイオに伝えてある。任せたぞ!!」

  言うが早いか戦いの場へと駆けて行く。その背をただ見送る事しかできない自分に歯嚙みする。それでも……!

「行きましょう、アイツの注意がこっちに向かないうちに。」

 メイオを先導するように密林の奥に向かって速足で歩き始める。彼に泣いているのを見られたくなかった。

「落ち合う場所はここから北東、歩いて二日程の場所です。」

「分かったわ。荷物はさっきの場所に置いたままだし、食料になりそうなものは確保しながら行きましょう。」

 悔しさに泣くのは後で良い。今は彼を守りながら、目的地を目指すの。核石は残り少ないけれど、道中の魔物程度なら問題無い。それに問題無いのはきっと彼らも。だって私が憧れた伝説……冒険者デルコートなんだから!

 不安を抱えて進む密林は、先ほどまでの感傷とは真逆の感情を思い起こさせる。落胆、後悔、そして悲哀。激しい戦闘音を背景に高い木々で日が遮られた道を進む。行く先に広がる後継はただ暗く、私達を吞み込むために開かれた口のようだった。

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