発掘開始

 夜が明けた早朝、今日からついに作業が始まる。昨日は暗くて様子も分からなかったけれど、今ならば分かる。大きな川の近くに貼られたテント、その正面をしばらく言った先には悠然と聳え立つ崖。土の層が重なっているのがはっきり見えるこの崖が、どうやら彼らのお目当てらしい。

「私にも手伝える事があるといいんだけど……」

 不安からでたその言葉を、私はすぐさま後悔する事になった。発掘作業の始まり、それは目まぐるしい流れ作業の始まりだったのだ。まずはノボアが崖に角を突き立て硬い岩盤を砕き、パデルとメイオがそれを細かく分けていく。私は彼らの邪魔にならないように、不要な土砂をゴーレムにして現場の外へと移動させる。次から次に土砂が溢れ、休む暇も無い。ようやく訪れた昼休憩の後は、へとへとの体に鞭打ってノボアと一緒に夜ごはんの準備をする。この子は逆に何ができないのかしら?

「お!みんな、コイツを見てみろ。」

 私達から離れた位置で、メイオと共に岩の分別を進めていたパデルが、真っ二つになった岩の断面を意気揚々と見せてくる。これは……

「ただの岩の断面じゃない。」

「違う、断じて違うぞ!」

 ここだ!とパデルが指差した先には岩に埋まった小さな巻貝。これが何だって言うのよ?

「これは示準化石ですね。以前の現場で同様の物が見つかっています。」

 メイオが補足してくれたけれど、ピンと来ない。まぁいいわ。専門用語が出た会話は早めに打ち切るに限るもの。

「ここを掘り進めればもっと古い時代……それこそ恐竜の化石も見つけられるはずだ!」

「恐竜?」

 聞き流すつもりが、耳慣れない単語につい聞き返してしまう。ここぞとばかりに捲し立てようとするパデルをノボアが押さえつけ、メイオが代りに説明してくれる。

「恐竜とは大昔に存在した大型の爬虫類です。かつて竜と渡り合うほど栄えた生物なのですが、今ではもう絶滅してしまっています。」

「竜と?にわかには信じられないわね。」

 竜と言えば魔物の中でも最上位の存在。今でこそ数を減らしているけれど、遥か昔には空を覆うほどの数だったとか。それに匹敵する生物がいたなんて……それがどうして絶滅してしまったのかしら?

「隕石、流行り病、急激な環境の変化……色々な説はありますがハッキリとはわかっていません。」

「それを研究しているのが俺たちってわけだ!」

 拘束を振りほどいたパデルが高らかに宣言しポーズを決める。本当にノリと勢いは良いわね。

「理解も深まった所で作業再開だ、過去が俺達を呼んでいるぞ!!」

 パデルの号令で元の作業に戻る私達、ようやく作業が一段落した時にはもう日が沈み、空には月が顔を覗かせていた。


 別に期待していたわけじゃないけれど……そう思いつつも口角が上がるのを抑えられない。カップを両手で顔の前に持っていき、少しでも表情を隠そうと努める。焚火を挟んで私の対面に座るのはノボア、メイオ。そして……

「俺が古生物学者を志したのはそう!まさに最後の冒険となったあの時、古代人が作った遺跡の最奥で番人との戦いが始まるその瞬間だった。俺は始めその番人を獣を模した魔導兵器だと思ったんだ。だが今なら分かる、あれは恐竜を模して造られたんだってな!」

 憧れの存在から直接語られる武勇伝に耳を傾ける、なんて贅沢な時間。酒を飲んだからかその口は饒舌に言葉を紡ぐ。

「番人を乗り越え、遺跡の最奥に隠された秘宝……それこそ番人のモチーフになった恐竜の頭蓋骨だった!遺跡を作った古代人達は、そいつを通して恐竜たちの時代を見たに違い無い!!」

 壁画に描かれた恐竜達、古代人が残した書物の数々……まるで自分もその場にいるかように錯覚する程の熱量で語りあげる。

「俺は見たい!古代人達が覗き見た過去を、恐竜達が見ていた世界を!!」

 感極まって立ち上がり夜空に向かって吠える!その姿勢のまま、どうっ!と後ろに倒れ込むパデル。

「ちょ、ちょっと!どうしたの?」

 慌てる私に対し、メイオが慣れた様子でパデルの巨躯を担ぎ上げ、ノボアに預ける。

「酔いつぶれただけですね。いつもの事です。」

 彼の言う通り、パデルの口からは微かな寝息が聞こえる。まったくもう、人騒がせなんだから!メイオはよくこれに付き合えるわね……

「ねぇ、貴方はどうしてパデルの助手なんかしているの?」

 昨日と同じ質問を口にする。

「そうですね……今度は短い話ですし。それでよければ。」

 ココアのおかわりを受け取り、座りなおす。彼は一体何を思ってパデルの助手をしているのかしら?

「昨日の続きからですが、先生に雇われてから数日間は同じような事の繰り返しでした。古生物学に関する座学、器具の使い方、それにノボアとの接し方まで。それでも毎日が新鮮で、とても楽しかったんです。」

 身振り手振りを交え穏やかな口調で言葉を綴る彼の話し方は、姉さんのそれによく似ていて、ついつい話に引きまれる。

「……そして初めて発掘作業に臨んだあの日、僕は夢を見つけたんです。」

 彼の口ぶりが熱を帯び、私もカップを握る手に力が入る。

「壁に埋まっていた微かな輝き、琥珀の塊です。その中に、小さな甲虫を見つけたんです。何万年も前の世界を生きていた生物が、その時の姿のまま、僕の目の前にいる!あの瞬間、僕の視界には間違いなく太古の世界が広がっていました。」

 穏やかな彼には珍しい興奮した口調が、彼が本気である事を教えてくれる。

「あの時僕は決めたんです。誰もが太古の世界に触れ、それを夢見る事ができる、そんな場所を作りたい。」

 それが僕の夢です。そう語る彼の目は真剣そのものでつい目を逸らしてしまう。私の夢は、誰かに胸を張って語れるようなものじゃない。それなのに……

「それは素敵な理由ね。」

 そう返すのが精いっぱいだった。嬉しそうに笑う彼が余りに眩しくて、まるで遠くの存在のように感じてしまう。愛想笑いすらできず、うつむくしかない。

 メイオがテントに戻った後、私は一人、雲に覆われた夜空を眺めていた。夢、先ほど彼が語った事が頭から離れない。私の目標はただ立派な冒険者になって父を見返す事、それが私の夢だとすれば、なんてちっぽけなんだろう。パデルは過去の世界を見たいと言った、メイオは過去の世界を見てもらいたいと、じゃあ私は?私は一人、過去に囚われたまま。

「彼らといれば……私も変われるのかな。」

 小さな呟きは川のせせらぎに飲み込まれ、あとには静寂だけが残された。

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