合流地点を目指して
青竜の襲撃を受けた日の夜、私とメイオは途中で見つけた洞窟の中で身を休めていた。ランタンの僅かな明りと、水滴が滴る音が響くだけの空間に二人きり……実際には警備ゴーレムと奥から此方を伺う小型の魔物がいるわけだけど、気まずい事には変わりは無い。そう思っていたのは私だけじゃ無かったみたいで、彼の方から口を開く。
「ええと、僕たちが目指す合流地点ですが、元々はそこで発掘作業を行う予定でした。」
「ということはそこにも化石があるの?」
「はい。そもそも今回の調査が決まったのは、冒険者ギルドからの情報によるものだったんです。」
彼曰く、ギルドがこの地域の生息調査を行っている時、調査隊に属していた魔術師達が同じ夢を見たらしい。その夢の中では見た事も無いような巨大生物が空や大地を闊歩し、竜達と激しく争っていたとか。
「先生はそれを聞いて、化石に蓄積された魔力が魔術師達に干渉し、夢という形で現れたのでは無いか?という仮説を立てました。けれど日程の調整中、ギルドから土砂崩れがあったと連絡が入って……結局計画を変更せざるを得ませんでした。」
「ふぅん、冒険者ギルドがね……」
生息調査は冒険者ギルドが行う業務の一つ、私も参加した事がある。その結果は各研究機関に提供されているとは聞いていたけど、まさかそれが自分に返って来るなんてね。そんな事を考えていると彼の視線に気付く。何か気になる事でのあるのかしら?
「ラニアさんは冒険者になって長いんですよね?何かきっかけはあったんですか?」
「……あまり面白い話じゃないわよ。」
今まで誰にも話したことは無かったし、話すつもりも無かった。けれど不思議と彼になら……そんな気持ちが芽生えていた。
魔術で名の知れた一家の次女、それが私。厳格な父と優しい姉さん、母は私が幼い頃に事故で亡くなったけれど、あの家での時間は間違いなく幸せだった。それでも私は家を飛び出して、冒険者の道を選んだの。
きっかけになったのは、父が後継者を決めた日の事よ。優秀な姉さんでは無く私が選ばれたことに納得できなくて、父を問い詰めたの。
「お前の方が優秀だと判断した。それだけだ。」
父はそう言って取り合ってくれなかった、信じられなかった、姉さんはいつも私より先に魔法を覚え、使いこなしていたもの。それで使用人に聞いて回って……教えてくれたのは執事長だった。
「実は……貴方のお姉さまは、旦那様の実の娘では無いのです。」
私が生まれるよりも前、ある嵐の日、門に赤子が捨てられていたの。父と母は話し合ってその赤子を養子として迎え入れた、それが姉さんだった。今考えれば立派な行いだと思う。けれどその時の私は、私だけ知らなかった事に憤って、落胆して、その勢いのまま家を飛び出した……たったそれだけなのよ。
「自分のことながら、酷く下らない理由ね。」
話し終えた時、彼は黙って俯いていた。 まぁそうよね、結局は私が納得いかないだけ、ただの我儘なんだから。
「その後、ご家族と連絡は取っていますか?」
突然顔を上げたと思ったらそんな事を訪ねてくる。思っていたのとは違う反応に少し戸惑ってしまう。
「え?えっと、ううん、手紙の一つも出していないわ。……それがどうしたの?」
依頼を受ける前の事が脳裏を過る。今まで何度も手紙を出そうとしては、結局破り捨てて来た。
「あぁ、すいません。今の話を聞いて……ちょっと羨ましかったんです。」
「羨ましい?」
「僕も、ラニアさんのお姉さんと同じ……捨て子なんです。物心ついた頃には孤児院にいました。」
私は言葉を失った。目の前の相手に家族がいないなんて、考えもしなかった。
「ごめんなさい。無神経だったわね。」
「いいえ、聞いたのは僕ですから。」
彼は笑って話の続きを促す。
「家出して、そのまま冒険者になったんですよね?もしかして、ラニアさんも大概ノリと勢いで生きてませんか?」
「な!?それは、その!……確かに貴方の言う通りかも。」
いつかパデルを評した言葉がそのまま自分に当てはまる事に気付いて、恥ずかしくなる。けれど、自分の思いを自覚できたからか、すんなりと言葉を続ける事ができた。
「いつか立派な冒険者になったらその時は、ちゃんと家族と話したい。もう一度向き合いたいの。それが私の夢よ。」
パデルやメイオの夢と比べたら、ちっぽけで独りよがりな夢。それでもそれが私の叶えたい夢。
「ラニアさんならきっとすぐに。僕も応援しますよ。」
そう言って笑う彼に、今度は私も正面から笑い返す事ができた。青竜に襲われた時はどうなる事かと思ったけれど、きっと何とかなる。いいえ、私が何とかするの。沈んでいた気持ちはいつの間にか晴れていて、穏やかな気持ちで眠りにつく事ができた。
夜が明け、再び目的地目指して密林を進む道中、再び魔物の襲撃を受ける。魔導六輪を襲撃したワイバーン、発掘現場までの道中で遭遇した多くの魔物達……そして今も。何故これほどまでに魔物が活発なのか?今なら分かる、彼らもまた青竜に襲われ、元々の縄張りを追われたに違いない。
「あぁもう!考えてみれば私達のトラブル全部アイツのせいじゃない!!」
行き場の無い怒りをゴーレムに乗せ、ウェアウルフにぶつける。どんな事情があろうと、襲ってくる以上は撃退するのみよ!
「私の側を離れないよう気を付けて!」
青竜に備えて核石は節約しなければならない、加えてメイオを守りながらの戦い。本来なら訳の無い相手でも不利を強いられてしまう。
「ラニアさん上です!」
ハッとして身を翻すと、先ほどまで立っていた場所に鋭い爪が突き立てられた。
「この……!?」
核石を追加しようとしたとき、メイオの背後に迫る敵の姿が目に入る。
「危ない!」
気づけば彼を抱きしめるように跳んでいた。背中に鋭い痛みが走る。けれどもっと悪いのは、飛びこんだ先が急斜面になっていた事。彼ともみくちゃになりながら坂道を転がり落ちる。幾度も木々や石に背中を打たれ、全身に痛みが広がっていく。遠ざかるウェアウルフの咆哮、そしてメイオのうめき声、感覚も思考も滅茶苦茶になっていく中、一際強い痛みが全身を襲った時、私は意識を手放してしまった。
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