休憩中

「……一つ聞きたいのだけど、これは護衛兼、発掘支援の依頼の筈よね?」

 発掘現場に向かう山道の途中、意を決して口を開く。普段なら依頼者にそんなことを言ったりしないけれど、気安い雰囲気か我慢の限界か、どちらにせよ聞かずにはいられなかった。

「おう!おかげさまで助かってるぜ。なんせゴーレムを作れば作るほど俺たちの荷物は軽くなんだからな!」

 パデルの言う通り、荷物の大半は私の従えるゴーレムが背負っていた。自分の貢献を褒められるのは素直に嬉しい……じゃなくて!

「私が言いたいのは、いくら何でも襲撃が多すぎるって事よ!」

 周囲には魔物の死骸が積み上がっていた。そのいくつかは研究材料にするつもりで、ゴーレムに背負わせている。

 私の叫びにパデルは可笑しそうに笑うだけだ。彼では話にならないとメイオを睨むけれど、気まずそうに目を逸らすだけ。ノボアは魔物相手に暴れられたからか上機嫌。まったくもう、この男どもと来たら!

「ま、これも依頼の範疇さ。さぁ目的地はすぐそこだぞぉ!」

 ガハハハッっと笑って先を行くパデル、メイオは何か言いたげだったが、何も言わずパデルの後を追う。その後ろをノボアの巨体が揺れる。森林の中に残されたのは私、ゴーレム、魔物の死骸。

「……いいわよ、分かったわよ、やればいいんでしょやれば!こうなったらとことんやってやるんだから!」

 彼らの後を追って駆け出す、夜までに目的地に着けばいいのだけど。


 夜空を見上げて溜息をつく。あの後、三度も魔物に襲われた。もう勘弁してほしい。なんとか目的地に着いた時には、すっかり夜になっていた。軽めの食事を済ませた後、パデルとメイオがテント設営に取り掛かり、私のゴーレムが周囲の警戒、ノボアは私の反対側に座って火の番をしている。本当に器用ねこの子。

「ふわぁ……」

 すこし伸びをして眠気を振り払う。やっぱり、疲れが溜まっているみたいね。

「お疲れ様ですラニアさん。何か飲み物でも作りましょうか?」

 気づけばテント設営を終えたメイオが反対側に腰かけていた。彼の接近にも気づかないなんて気が緩んでいる証拠、しっかりしなさい私!もちろん、そんな動揺は微塵も顔に出さない。

「あら気が利くのね。ならココアを頼めるかしら?」

 彼はにっこり笑って、カバンから取り出した牛乳や粉末を小さな鍋に入れ、焚き火で熱しながら混ぜていく。……そういえば、パデルの姿が見当たらない。

「パデルはどうしたの?さっきまで一緒にテント設営していたでしょう。」

「先生なら設営が終わったらすぐに眠ってしまいました。……はい、どうぞ。熱いのでお気をつけて。」

 カップを受け取り、数回冷ましてから口に運ぶ。うん、おいしい。

「ねぇ、貴方はどうしてパデルの助手なんかしているの?」

 思わずそんなことを口にしてしまった。道中の疲れのせいか、彼の雰囲気が姉さんに重なったからか──どちらにせよ気のゆるみから発せられた言葉は取り消せない。

「そうですね、昔の話にはなるのですけど……」

 此方に目で問うてくる彼に頷いて返す。正直な所、彼らの関係性には興味があった。それにもしかしたら、パデルが冒険者を止め古生物学者になった理由……それを知る事ができるかもしれない。

「あれはそうですね、僕が八、そう八歳の時の事です。あの頃僕は宿の馬小屋で働いていました。馬小屋といっても、ほとんどは冒険者の方の連れている使役獣……ノボアのような闘虫や、今日襲ってきたようなワイバーンが預けられていて、僕は彼らの世話をしていました。」

 元から知り合いだったわけじゃないのね。でも、彼が生物と触れ合っているのは想像通りだった。現に彼の隣にいるノボアは、よく彼に懐いているもの。

「パデル先生と会ったのは、そんなある日の事でした。あの日は宿の亭主さんの手違いで、闘虫が2体預けられてしまったんです。闘虫は同じところに複数体いるとすぐに喧嘩しちゃうので、気を付けないといけないのに。」

ノボアのような闘虫は看板商品だけあって人気が高く、飼い主に従順でよく働くけれど欠点が無いわけじゃない。闘争心が強く、敵と見れば捨て身で戦う事からよく怪我を負い、その結果早死にする。そうなれば次の闘虫を買わざるを得ない、ビジネスとはそういうものよね。

「その時も闘虫同士の喧嘩が始まって、興奮した他の子たちも暴れだしてしまったんです。」

 その時の様子をゆっくりと、けれど丁寧に言葉にしていく彼の様子に、過去に物語を語ってくれた姉さんの面影が重なる。

「それでそれで、どうなったのよ?」

「混乱が極まったその時です。馬小屋の中に咆哮が響き渡り、暴れていた子たちが一斉に動きを止めたんです。」

 咆哮の主こそ、パデルその人だったと言う。

「お恥ずかしい話ですが僕はデルコートの事を知らなくて、その人の事も突然入って来たリザードマンとしか分かりませんでした。彼は混乱が収まった馬小屋の中で僕を見てこう言ったんです。」

 ――お前、俺の助手にならないか?――

「そ、それは大分唐突ね……」

「えぇ、本当に。あの人の8割はノリと勢いです。けれど、それが僕をここまで連れて来たんです。」

 彼は嬉しそうに笑う。

「そうだったのね。馬小屋にいたのもノリと勢い?」

「その通りです。パデル先生はその時古生物学者になるため各地を回っていて、生物の扱いに長けた助手を探して各地の宿屋を回っていたとか。」

 そういって彼が横にいるノボアを撫でる。その生物はもうとっくに眠りに落ちていて、規則的に角が揺れるだけだ。

「採掘や器材の運搬、それには闘虫が最適!というのが先生の考えでした。ただ先生は生物の扱いが不得手だったらしくて。」

「それが貴方が雇われたわけね。」

 話が一段落し、ついあくびが出る。そろそろ寝ようかしら……あら、待って?

「結局貴方が助手をしているのは、彼に雇われたから?」

「きっかけはそうですね。でも、今は違います。僕は自分の意思で助手を続けているんです。」

 それはまた今度話しましょうか、と彼は自分のテントに向かってしまう。話の続きは気になるけれど、今日はもう休むべきね。

 明日から本格的に作業が始まる。見上げた夜空にはたくさんの星が輝いていて、まるで私達を祝福しているようだった。

「……なんて、ちょっと夢見すぎよね。」

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