現場まで

 魔導六輪の窓から見える荒野に溜息をつく。魔導回路のチカチカという点滅、やや不快に感じる車体の揺れ、そしてなんら代わり映えのしない景色。以前はそこを歩くだけで心躍ったのに今では何も感じないなんて、私も冒険者稼業が板について来たのかしら?……なんて。わかっている、これはただの現実逃避、落ち着きなさい私。今目の前の席に座っているのはただの……

「どうした嬢ちゃん、さっきから黙ってるが具合でも悪いのか?」

「お、おかまいなく!」

 あぁもう!全然ダメじゃない!目の前にいるのはただの依頼人のリザードマン、彼が昔伝説の冒険者だったことなんて全然……そう全然気にするような事じゃないのよ!

 そう、今私の目の前の運転席に座り、魔導六輪の操縦桿を握るのは依頼人、古生物学者パデル。かつては鋼鱗のデルコートの名で活躍していた伝説の冒険者。私よりも二回り以上大きな体には、隆々とした筋骨が漲り、それを覆う鱗は鈍色に輝いている。身に纏う風格も、言動から見える強者の余裕も、私とは比べ物にならない。そんな彼は今小さな帽子とレザージャケットを身に纏い、その太い尻尾を助手席に巻き付け、ご機嫌な様子で太古の浪漫を語っている。

「つまりだ!化石ってのは過去から届く手紙、あるいは世界がその手で記した記録そのものなのさ!骨で編まれた迷宮に潜った時はなんとも思わなかったが……おっと、今の話は忘れてくれよ。なんせ俺はただの古生物学者だからなぁ。」

 ガハハハッ!と豪快に笑う彼に、愛想笑いを返すしかない私。こんなやり取りを何度行われただろう、彼は伝説の冒険者だった自分を前にして、緊張してしまっている私を揶揄っているのだ。それに一々反応してしまう自分の未熟さが恥ずかしい。

「先生、それくらいで。運転が荒くなっています。ノボアが屋根を壊してしまいますよ。」

「おっと、そいつは困る。仕方ねぇ、安全第一だからな。」

 私の隣に座るメイオが口を挟み、パデルがようやく口をつぐむ。正直助かった、このままでは緊張と羞恥で心臓が破裂してしまいそうだった。一度深呼吸して冷静さを取り戻し、改めて車内を見回す。運転席にいるのは古生物学者パデル、助手席は彼の尻尾が占領していて、私はその後ろに座っている。横に座るメイオは、地図を広げてこの後のルートを確認している。発掘機材などは後ろのトランクに詰め込まれている。3人しかいない車内は広々としていて、6つある座席はまだ2つ空いており、どうにも居心地が悪い。

「そういえば、ノボアは上でよかったの?」

 地図をしまったタイミングを見計らってメイオに声を掛ける。依頼関係者とコミュニケーションを取る、大切な事だけどどうにも苦手なのよね。彼相手なら年も近そうだし、練習になるかしら?

「大丈夫ですよ。ノボアはいつも上なんです。車内だと、角が天井を突き破ってしまうので……」

 そういって彼は窓の外に視線を向け、窓を三回叩く。すると上から何かが伸びて来て窓に張り付く。問題無いよ、というふうに揺れてすぐに引っ込んでしまうそれは、甲虫の脚。改造生物で知られる企業の看板商品、闘虫。その原種は、太古の魔術師が闘技場の演目のために生み出した巨大な甲虫類と言われている。ノボアという名前を付けられたそれは、メイオの言う事をよく聞いて、三本の角も触らせてくれたりと意外に人懐っこくて可愛らしく思えた。残念な事に今は魔導六輪の上にしがみついていて、その様子を伺う事はできないのがもどかしい。

「ノボアの事が気になりますか?」

「か、勘違いしないでよね!私は別にあの子の事なんて何とも思ってないわ。ただ私の仕事にも関わるから……」

 図星を付かれ、照れ隠しの言い訳を口走る、その時だった。

「全員掴まれ!」

――ギィィィ!

 パデルが叫び、車輪が悲鳴を上げ、魔導六輪を衝撃が襲った。急激に減速する魔導六輪、乱雑に揺れ動く視界、気づいた時にはメイオに凭れ掛かり抱き留められていた。その視線は窓の外に向けられている。一体何が起こったの?

「ご、ごめんなさい。もう大丈夫よ。」

 慌てて彼から離れ、窓の外に視線を向けると複数の黒い影が横切るのが見えた。あれは……!!

「ワイバーン?どうして奴らが魔導六輪を狙うのよ!?」

 ワイバーンは肉食、馬車ならともかく魔導六輪を狙う理由は無い筈。それが空中から岩を放り、こちらを攻撃している。

 反射的に扉を開け、外へ転がるように飛び出す。すぐ傍にノボアが着地し、砂埃を上げる。見上げる空には三匹のワイバーン。その目が見据えているのは――私。見下すようなその視線、侮っているのねこの私を……覚悟なさい、今に目にもの見せてあげる!

「大地よ、その身を起こし、私の敵を撃ちなさい!」

 ベルトに取り付けた革袋から核石を二つ大地へと放る。魔力を宿し輝く素早く地中へと潜り込み、その体を形成する。ワイバーンが咆哮と共に岩を落としてくるがもう遅い。大地は牙となり、その岩ごとワイバーンに食らいつく。天を衝くようにその巨体を練り上げ、土の大蛇を作り上げる。この大地こそ、私の武器!

「まずは一匹、さぁ次よ!」

 ワイバーンが散り散りに旋回する、だけど逃しはしない。土でできた大蛇の体は本来の蛇以上に自由にその身を捩じり、遂に一匹をその巨体で叩き落す。焦りも狂いもない、大蛇は私の指示通りに動き、その力を奮っている。さぁ最後の一匹はどこ?羽が風を切る音を捉える。私のすぐ背後まで迫っている。指示を飛ばそうとした瞬間、あの子の気配に気が付いて手を止める。ワイバーンがさらに迫り、牙を剥く!――グシャリとそれは地面に叩きつけられた。剛腕を引き抜き、不機嫌そうなノボアがつぶらな瞳で私に訴えかけれていた。――暴れ足りない。

「ごめんねノボア、私もちょっと暴れたかったの。」

 その言葉が通じたのかは分からないけれど、ノボアは数度角を左右に振って、また魔導六輪の上へとよじ登っていってしまった。

「おぅ!終わったか。」

 窓から身を乗り出し、パデルが手を振っている。

「流石、ギルド直々の推薦だけあるな!さぁ乗れ、遅れた分を取り戻すぞ!」

 落ち着く暇もないわね。大蛇は既にただの土塊に戻っている。その身から核石を回収し車内へ戻ると、メイオが労いの言葉をかけてくれた。

「お疲れ様です。あっと言う間でしたね!」

 これくらい朝飯前よ、と突き話すようなセリフをグッと飲み込み、小さいながらも感謝を伝える。

「……ありがとう。次も、頑張るから。」

 ちゃんと聞こえたかは分からない。けれど、私の心は先ほどよりもすがすがしくて、再び動きだした魔導六輪の揺れも心地よく感じられていた。

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