依頼受領

 大都市の外れにある森林地帯、そこに目的の建物を見つける。もはや木々の一部と言っても差し支えない程、植物の根に覆われた屋敷。その扉の前に立つと、土と苔の匂いが鼻をくすぐり、人の気配は感じられない。本当にこんな所に依頼主は住んでいるのかしら?疑問を振り払うように自慢の銀髪を靡かせ扉の前に立ち、呼び鈴を鳴らした。


 名前ラニア、性別女、年齢17、職業冒険者……依頼書に自分の情報を記載していく最中でも周囲の観察を忘れない。目の前には私を出迎えた依頼人の助手だと言う少年が座ってこちらを見ている。年齢は私と同じくらいかしら?こげ茶色の短髪に、背は私よりもやや低く物腰も柔らかで穏やかに見える。けれど小麦色に焼けた肌、作業服から覗く引き締まった腕、どちらも真剣に活動している証だ。その彼の案内で通されたのが、大きな窓から暖かな日差しが差し込む応接室だった。無駄のない調度品の色合いは落ち着いていて、どこか懐かしさを感じさせる。そうしているうちに書き終えた依頼書へもう一度目を落とす。

 【古生物学者パデルの護衛兼、発掘支援】パデルという名前に聞き覚えは無い、普通身元不明の依頼なんて引き受けはしない。けれど、これは冒険者ギルドから直々に紹介された依頼なのだから。

「ええと、ラニアさん。この度はご足労いただきありがとうございます。冒険者ギルドから話は伺っていると思いますが、この依頼では僕たちの作業の護衛と、荷物の運搬などの支援を行っていただく事になります。ここまでは宜しいでしょうか?」

「えぇ、問題無いわ。それから呼び捨てで良いわよ。堅苦しいのは嫌いなの。」

 思わずキツイ態度を取ってしまう、幼い頃からずっとそう。それが冒険者ギルドに入って若い女というだけで侮られる事が多かったから、悪化してしまっている。幸いな事に、彼がそれを気にした様子は無かった。

「分かりました。では次に報酬金についてですが……」

 その後の説明は冒険者ギルドで聞いた内容と差異は無さそうに思えた。相場よりも高い報酬金は私の腕と評判を考えれば妥当な筈だ。依頼内容も発掘作業の護衛や機材運搬などの力仕事、普通なら男手が複数必要だけど、私ならゴーレムでそれらの労働力を賄える。ギルド直々の推薦だけあって、私にぴったりの仕事。それだけならこの依頼受けていなかったでしょうね。

「ラニアさん?大丈夫ですか?」

 彼の言葉に物思いから我に返る。いけない、気を引き締めないと。

「えぇ大丈夫よ、問題無いわ。それより、そろそろ本題に入りましょう。」

 本題、それはこの依頼がギルド直々の推薦であること。

「私は学問に特別詳しい訳では無いけれど、パデルなんて学者の名前は聞いた事が無い。そんな無名の学者のために、ギルドがわざわざ冒険者を推薦している。ギルドと繋がりを持っているか、もしくは……」

 何か裏の理由が存在するか、ね。そういった依頼に遭遇した事は一度な二度では無い。ギルドの推薦である以上違法な内容では無い事は確かだけど……

「……建前としては古生物学はまだ未発展の学問であり、その発展を支援して欲しいとギルドに依頼し、それが受領されたからです。

冒険者を推薦してもらったのは、貴重な資料を多く取り扱う事になるので、信用のおける方である必要があるのです。」

 前置きの通り建前ね、何故ギルドが支援を承諾したのか、冒険者推薦なんて手間をギルドが負うだけの何かがある筈。

「そんな事はわかっているわ。私が聞きたいのは……」

 彼を問い詰めようとした時、窓から強い風が入り込み続く言葉が攫われる。机に置かれた蝋燭の小さな炎が風に揺らめき、思わず口を開いたまま固まってしまう。何か言わないといけないのに、言葉が見つからない。

「……ラニアさんはデルコートと言う名前をご存じでしょうか?」

唐突な言葉に面食らってしまう。その名はもちろん知っている。いや、冒険者ならば誰もがその名を知っている筈。鋼鱗のデルコート、リザードマンでありながら人間、エルフ、ドワーフなど多くの種族に尊敬され、伝説として語られる冒険者。幼い頃は、父親の書斎で姉さんに彼の冒険譚を読んでもらっていた。……いや、今は思い出に浸る時間じゃない、私は冒険者としてこの場にいるのだから。

「えぇ、もちろん知っているわ。数々の伝説を持つリザードマンの冒険者、数年前に引退してその後は行方不明……それがどうしたの?まさか、彼の墓でも探しに行くのかしら。」

「デルコートは生きています。」

 動揺を隠すため口にした冗談が、即座に否定される。彼の瞳はまっすぐ私に向けられていて、その目から視線を外す事ができない。

 蝋燭の炎が燃え盛る。小さなその熱が、私の胸の内をじりじりと焦がしている。まさかと口にすることすらできず、次の言葉を待つしかない。

「古生物学者パデル。彼の正体こそ、引退し行方不明となった冒険者、デルコートその人なのです。」

 その時、点と点が繋がった。全てが一本の線になるのを、私は確かに感じた。何故無名の学者の依頼にギルドが関わるのか、何故依頼人であるパデル本人でなくその助手が代理で来ているのか、そして、私がどうするべきなのかも。

「いいわ、この依頼受けて上げる。」

 あくまでも毅然と言い放つ。伝説の存在への憧れじゃない。私が一流の冒険者である事を証明するための第一歩。

「ありがとうございます。では依頼の当日の早朝、この館にお越しください。」

 ほっとして笑ったその顔に、不意に姉さんの面影が重なり思わず目を逸らしてしまう。どうにも、調子が狂うわね。誤魔化すように依頼書に受諾の証として再度名前を書き記す。これで終わりの筈……あら、待って?

「そういえば、貴方の名前を聞いて無かったわね。」

 これは失礼しました、と立ち上がり手を差し出して彼は言う。

「僕の名前はメイオ。古生物学者見習いのメイオです。」

「改めて私の名前はラニア、いずれ伝説となる冒険者、ラニアよ。」

 立ち上がり彼の手を握り返す。思ったよりも固くて戸惑ってしまうけれど、それでも力強く。

 蝋燭の炎は穏やかさに揺れ、窓からは爽やかな風が吹き込んでいた。

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