過去は砕けぬ石の中
ゴモクゴゼン
プロローグ
拝啓、親愛なる姉さんへ
肌寒くなってきましたがそちらはいかがお過ごしでしょうか。父さんの眉間に皺は寄っていませんか?舞踏会で良い相手は見つかりましたか?長らく手紙の一つも出さなかった事ごめんなさい。もうご存じかもしれませんが、あの日家を飛び出した私は今、冒険者として生計を立てています。新人の頃は依頼の受け方も分からなかった私ですが、今ではそれなりに名が知れています。この度は、冒険者ギルド直々に依頼の推薦を受けた事を報告したく、筆を執りました。
「あぁもう!」
そこまで書いた所で私は手紙を破り捨てる。窓の外を見れば雲の合間から月が輝き、微かな明りで夜の街を照らしている。
「しっかりしなさい、ラニア!明日は冒険者ギルド直々に紹介された依頼なのよ!それとも腑抜けてしまったの?」
鏡の前に立ち、自分自身を激励する。鏡に映る私はやや疲れているように見える。
「いいえ、そんな事は無い。ラニア、貴方は立派な冒険者よ。もっと功績を積んで、父さんを見返すの。」
不安な気持ちを掻き消すように言葉を紡ぐ。銀の髪を雑にまとめ、鏡を睨みつける。鏡に映る琥珀色の瞳に一瞬、過去の自分が映る。豪奢なドレスを身に纏った自分の姿。瞬きすればそれは消え、代りに映るのは簡素で動きやすい服装の私。三年前、私は何も知らない貴族の娘だった。
「けれど、今は違う。冒険者としての実力もある、実績もある。だからギルドにも選ばれたの。ここで、実力を証明し、さらに上を目指すの。」
決意を固め鏡から目を離した先、破り捨てた手紙が目に入る。こうして手紙を無駄にするのはもう何度目になるだろう。
「……手紙、また出せなかったわね。」
かき集めた紙切れを溜息と一緒にゴミ箱へ投げ入れる。何でこんな簡単な事ができないのかしら。
冒険者になってから何度も危険な目に合ってきた。遺跡の罠に掛かって天井に押しつぶされそうになった時も、荒れ果てた墓地で墓荒しの一団に襲われたこともある。絶体絶命の窮地なんて何度も乗り越えて来た。それなのに……
「家族に手紙を出す、ただそれだけなのにね。」
新たな手紙の代わりに棚から取り出したのは、冒険者ギルドから渡された依頼書。ギルド直々に推薦されたその依頼こそ、私が冒険者として認められつつある証。この依頼をこなせば、私の評価はさらに上がる。そうやってもっと有名に、もっと立派になれば……
「父さんを見返す、それだけの筈よ。」
再び窓の外に目を向ける。月は完全に雲に隠れ、建物の窓から幾つかの光が見えるだけだった。
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