第2話 恋人じゃない飲み
12月20日。
ユウトに誘われて、二人で飲んでいる。
場所は大学近くのチェーンの居酒屋「鳥貴族」。
全品298円(税抜)。
おしゃれなバーでも、夜景の見える個室でもない。
ガヤガヤとうるさい、学生だらけの店だ。
これが私たちの現在地だ。
「恋人」ではなく「友達」。
その境界線上で、安酒を飲んでいる。
「カンパーイ」
メガ金麦(大ジョッキ)をぶつけ合う。
重い。
ジョッキが重いのか、私の気持ちが重いのか分からないけど、手首が痛い。
「お前さー、最近どうなん?」
ユウトが焼き鳥(もも貴族焼スパイス)にかぶりつきながら聞いてきた。
「どうって、何が?」
「彼氏とか。いねーの?」
「いないよ。知ってんじゃん」
「作る気ないの?」
出た。
この質問。
自分から仕掛けておいて、相手の出方を伺うやつ。
「……ないわけじゃないけど、いい人いないし」
当たり障りのない回答。
ここで「お前がいるじゃん」って言えたら楽なのに。
言ったら関係が壊れるのが怖くて言えない。
「ふーん。理想高そうだしな、お前」
「高くねーよ。普通だよ」
「じゃあ俺とかどう?」
!?
心臓が止まるかと思った。
焼き鳥のネギが喉に詰まった。
「……は?」
「いや、俺ら気合うじゃん? お互いフリーだし、とりあえず付き合ってみるのもアリかなーって」
軽い。
軽すぎる。
羽根のように軽いプロポーズ(仮)。
冗談なのか本気なのか分からないトーンで言うのが、一番タチが悪い。
「……何それ。実験台?」
「実験て(笑)。お試し期間的な?」
ユウトが笑っている。
目が笑ってない気がするのは、私がそう思いたいからだろうか。
「……じゃあさ、もし付き合ったらどうしてくれんの?」
私も乗っかってみた。
冗談の通じる女友達を演じながら、少しだけ本音を探る。
「んー、とりあえず毎日LINEする」
「今もしてるじゃん」
「デートも行く。ディズニーとか」
「……へぇ」
ディズニー。
その単語の破壊力は凄まじい。
ユウトとディズニー。
お揃いのカチューシャつけて、ポップコーン食べて、待ち時間に手繋いで……。
妄想が暴走して、顔が熱くなる。
「顔赤くね? 酔った?」
「……うるさい。金麦のせい」
「弱えーな」
ユウトが私の頬をつついてきた。
指先が冷たい。
でも、触れられた場所が火傷したみたいに熱い。
「トイレ行ってくる」
耐えきれなくなって席を立った。
トイレの鏡を見る。
化粧崩れまくってる。
ファンデ浮いてるし、リップ落ちて血色悪いし、前髪の巻きも取れてる。
さらに、歯に青海苔ついてた。
最悪だ。
さっきこれで笑ってたの?
死にたい。
慌てて指で取る。
鏡の中の自分は、どう見ても「可愛い彼女」には見えない。
ただの「酔っ払った女友達」だ。
ユウトの目にも、こう映ってるのかな。
だとしたら、「付き合おう」なんて本気で言うわけないか。
あーあ、虚しい。
席に戻ると、ユウトがスマホをいじっていた。
誰かとLINEしてる。
私が戻った瞬間に画面を伏せた。
……怪しい。
誰?
元カノ?
それとも他の「候補者」?
聞けない。
彼女じゃないから聞く権利がない。
「……お待たせ」
「おう。そろそろ出る?」
「うん」
お会計。
「割り勘でいい?」
ユウトが財布を出して言う。
「あ、うん。いいよ」
全品298円だしね。
奢るも奢られるもない金額だ。
でも、心のどこかで「今日は俺が出すよ」って言ってほしかった自分がいた。
「お試し期間」なら、そこも試させてよ。
きっちり割り勘されたレシートが、私たちの関係の限界を示しているようで、酔いが一気に覚めた。
店を出て、駅まで歩く。
酔い覚ましの冷たい風が心地いい。
「じゃあな。また連絡するわ」
改札の前で、ユウトが手を振る。
「うん、また」
あっさり解散。
引き止めたりしない。
キスもしない。
手も繋がない。
「付き合ってみるのもアリかなー」って言ったくせに、何のアクションもない。
やっぱり冗談だったんだ。
からかわれただけなんだ。
電車に揺られながら、窓に映る自分の疲れた顔を見て、ため息をついた。
期待した私がバカだった。
でも、まだ完全に諦めきれない自分がいて、それが一番バカだと思った。
(つづく)
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