第4話 白衣の悪魔

【この島の階級制度】

◆統括(マスター)/研究者(ドクター)

 支配者層。白衣を着る特権階級。名前を名乗ることが許される。

◆市民(シチズン)

 労働力。とりあえず殺されはしないが、自由はない。家畜よりはマシな奴隷。一部例外を除き、コード名で呼ばれる。

◆検体(サンプル)

 実験材料。明日をも知れぬ命。消耗品。コード名で呼ばれる。

◆資源(リソース)/糧(カテ)

 死亡者、または廃棄処分者。文字通り、食料や実験の素材にされる。コード名で呼ばれる。


 ■ ■ ■


 石畳の広場に、四つの列が整列させられた。

 白衣の男、ビスマスが列の前に立ち、厳格な口調でこの場所のルールを語り始める。


 要約すれば、こういうことだ。

 ここは、彼らの研究施設である「島」全域。

 俺たちは、研究対象であり、労働力であり、場合によっては『資源(リソース)』にもなり得る。


 ――資源。


 婉曲な表現だが、要するに「餌」や「使い捨ての素材」ということだ。

 人を人と思わないこの場所。狂っている。完全に狂っている。

 しかし、能力が認められれば、支配者層である『研究者(ドクター)』になれる道も示されている。


「質問の許可を頂きたい」


 ビスマスの説明が一区切りついたところで、俺は声を上げた。

 周囲の視線が集まる。


「許可しよう」


「これから行う能力測定の結果は、その後の階級(クラス)に影響するのでしょうか」


「無論だ」


 即答だった。

 俺は一礼し、心の中で拳を握る。

 ならば、​力を出し惜しみする必要はない。目指すは唯一人らしい扱いがされる『研究者(ドクター)』一択だ。

 ​そして、研究者(ドクター)として、ここで力を蓄える。


 あの宮廷魔導師キジルの幻妖魔法を突破し、歪められた王国を俺の手で取り戻すための、圧倒的な「個」の力を。

 ​俺を陥れたキジルは、今頃王都で祝杯でも上げていることだろう。「厄介な奴は消えた」と。

 その慢心を、絶望に変えてやる。そのためなら、この島の悪魔に魂を売ることさえ厭わない。​


 ただ⋯⋯

 問題はサメトナだ。


 彼女が検体や市民、或いは資源認定されてしまったらあまりに不憫だ。

 さっきの分類で、「特級」と評価されていたから、無下には扱われないだろうが…


 チラリと彼女を見る。

 視線に気づいたサメトナは、コクリと頷いた。

 ……本当に理解しているのか、甚だ不安だ。


 ■ ■ ■


 能力測定は「知力」と「体力」の二種。

 俺たち『一級』と、サメトナとエルフの青年しかいない『特級』の列は、まず施設内での知力測定へと連行された。


 通されたのは、階段状の席が並ぶ半円形の講義室のようなホール。

 席に着くと、手首の拘束具が初めて外された。

 ただし、至る所に監視の研究者が立っており、不審な動きをすれば即座に制圧されるだろう。


「コホン」


 静寂を破る、乾いた咳払い。

 教壇に立っていたのは、骸骨のように痩せ細った、小柄な老人だった。

 白髪。そして、眼窩の奥で妖しく光る青い瞳。


 ……あれは、人なのか?まるで死霊(リッチ)のような気配だ。


「ほほ。君たちが今期の栄えある『一級』か。精悍そうで、何よりじゃ」


 老人は『タンタル』と名乗った。この施設の「薬魔院」の長だという。

 あのビスマスが「補完院長」だったから、同格の幹部ということか。


「さて、つまらぬ挨拶は抜きにしよう。君たちの持つ時間に比べて、この老いぼれに残された時間は少ないゆえ。のう」


 不気味な笑みと共に、測定が開始された。

 内容は識字、読解、算術、そして魔術や薬学の基礎知識。

 識字と読解は問題ない。だが、算術は怪しく、魔術・薬学に至ってはサッパリだった。元・北伐隊とはいえ、専門教育を受けたわけではない。


 隣のサメトナはといえば……。

 試験開始早々、天を仰いでいた。「何だコレ……魚の腸(ハラワタ)か?」などと呟いている。


 終わった。字が読めないんじゃ話にならない。


 それでも、彼女は最後まで諦めずにペンを握り、慣れない手つきで何かをカリカリと書き込んでいた。その根気だけは褒めてやりたい。


「答案を見せてもらったが……今期の諸君は不作じゃのう。精進せいよ」


 タンタルの辛辣な評価と共に、再び拘束具が嵌められる。

 俺たちはホールを追い出され、次の体力測定へと向かった。


 ■ ■ ■


 石畳の広場に戻ると、そこには異様な光景が広がっていた。

 先に測定を行っていたはずの「二級」の連中が、半数近く減っている。

 残った者たちも、地面にへたり込み、恐怖に震えていた。


「はいはーい、次のクズどもはコッチだよー♪」


 場違いに明るい声。


 声の主は、褐色肌の頬に涙型のタトゥーを入れた小柄な少女だった。

 快活そうな見た目とは裏腹に、その白衣の両袖は、どす黒い鮮血で濡れている。


「クズの中にも、未来のトモダチがいるかも知れないから、一応自己紹介しとくね。ボクはネオン。この島のボス、クラド様の助手してまーす♪」


 クラド。それがこの島の支配者の名か。

 そしてこの少女ネオンもまた、院長級の権力者らしい。


「てことで、早速始めますか♪先ずはこちら!じゃーん!」


 彼女が楽しげに指差したのは、広場の端に置かれた巨大な石の車輪だった。


「10秒間引いて、動かせた距離を測りまーす。因みに、1ミリも動かせないようなクズは処分対象だからね♪」


 ……は?

 処分?冗談だろ?あんな巨大な岩、オーガでもなきゃ動かせないぞ。


「はい、一番前から。どうぞ♪」


 枷を外された列の先頭のエルフの男が、車輪の前に立つ。

 彼は必死の形相で綱を引き、叫び声を上げた。

 だが、車輪はピクリとも動かない。


「ハイ残念ー。さようならー♪」


 ネオンが、軽い動作で手刀を突き出した。

 鈍い音。

 エルフの男の後頭部から、彼女の腕が生えていた。

 まるで熟した果実に指を突っ込むように、彼女の手刀は男の頭蓋を貫通していたのだ。


 有言実行かよ。

 冗談じゃない。エルフとはいえ体格の良い男だった。あれで無理なら、ここに居る全員が無理だ。


「『一級』から『資源』に変更っと♪次ー」


 彼女は鼻歌交じりに手元のリストを書き換える。

 次は人間の男。動かせず、抵抗しようとして瞬殺。

 その次はハーフリングの魔術師。

 彼は即座に逃走を図り、火球と風魔法で崖下へ飛び降りようとしたが――。


 パチンッ!


 背後から迫ったビスマスのデコピン一発で、頭部が弾け飛んだ。


「キチガイめ……こんな島!」


 俺たちの列から、絶望の悲鳴が漏れる。

 殺されたハーフリングの魔術師はかなりの実力者だった。それが、虫けらのように処理される。

『研究者』を目指す?甘かった。ここは、狂人の遊び場だ。


「見て、アイツら、ケンカしてる?」


 サメトナの呑気な声。

 見れば、ビスマスがネオンに詰め寄っていた。


「貴重な『一級』を、オマエの快楽のために浪費するとはどういう了見だ。検体はタダではないぞ」


「えー、だって動かせないクズなんか要らないじゃん?餌代の無駄だし♪」


「……この件はクラド様に報告させてもらおう」


「はぁ!?ふざけんな駄犬!!」


 ネオンが激昂する。その裏には、明らかな焦りが見えた。

 支配者クラドの名は、この狂人にとっても絶対らしい。


「ちっ……もういい!後はビスビスがやっといて!ボク帰る!」


 ネオンは不機嫌そうに去っていった。

 嵐が過ぎ去った広場に、安堵の溜息が満ちる。

 俺は余りの絶望的な状況に、膝から崩れ落ちそうになった。前の男も、同じようにへたり込んでいる。恐らくここにいる皆がそうだろう。


「アイツ、頭イカれてたなー」


 ……後ろのコイツを除いては。

 サメトナには恐怖という感情が欠落しているのか?

 結局、能力測定は中止となり、知力測定の結果のみで一次選別が行われることになった。


 体力しかない俺にとっては悪い展開だが、あの車輪を動かせなかった場合を考えれば最善なのかも知れない。


 そして、運命の判定結果が告げられた。


 ロッシ:『市民(シチズン)』


 ……最悪……ではない。


 勇者とも呼ばれた元・北伐隊長が、一介の労働者なのは少し残念だが、試験の手応えから順当な結果なのかもしれない。


 まあ、『検体』にならなかっただけマシか。少なくとも命の危険は遠のいた。

 そして、サメトナは――


 サメトナ:『研究者(ドクター)』


 ……は?

 おかしいだろ。どう考えても。


 知力測定で魚の腸みたいな字を書いてた奴だぞ?常識もない、空気も読めないアホの子だぞ?


 なんでコイツがいきなり支配者層なんだよ!

 明らかに不正だ。


 誰かがコイツの見た目に惑わされたのか?

 だが、事実は覆らない。


 俺たちの大半が『市民』となり、一部が『検体』へと落とされる中、「特級」と判定されたサメトナとエルフの青年二名だけが、『研究者』への抜擢を受けたのだった。


 ■ ■ ■


「ふむ」


 島を一望できる執務室で、一人の男が報告書に目を通していた。


「今期の研究者は二人か」


「はい。全体としては不作でしたが、個別に見れば豊作です。特に……その個体。知能試験で過去最高点を記録しておりますじゃ」


 机の向かいで、タンタルが不気味に目を細める。


「ほう、興味深い。もう一人は?」


「ほほ、そちらは……」


 タンタルが男に耳打ちする。


 男――この島の支配者、クラドは、口元に愉悦の笑みを浮かべた。


「なるほど。それは面白い。ネオンのような掘り出し物があるかもしれないからな。……私も一通り、見ておくとしよう」



※本作は、長編:「『憑依された私、英雄を操る』引き篭もりを英雄に仕立てあげてみたら、大国に反旗を翻す大英雄に成り上がった模様。」の同じ世界を描いた物語です。 本編では、少女「イル」と、彼女に憑依する幽霊「ルト」の視点メイン(群像劇)で国盗り物語が進みます。 気になった方は、ぜひ本編もご覧ください! (https://kakuyomu.jp/works/822139841430093938

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「地獄へ堕ちろ」と追放されたが、『そこは狂気と進化の《楽園》でした。』魔改造された元勇者、美しき化け物たちを連れて祖国を蹂躙する。【楽園のロッシ】 セキド烏雲 @Uun_Sekido

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