第3話 プレゼント交換
12月25日。
クリスマス当日。
昨晩のブリ大根と半額チキンの残りを朝食に食べて、私たちはダラダラと過ごしていた。
テレビでは朝からクリスマスの特集番組が流れている。
「恋人にあげたいプレゼントランキング」
一位はジュエリー、二位は時計、三位はバッグ。
平均予算は3万円だそうだ。
バカバカしい。
どこの富裕層の話だよ。
3万円あったら、新しい炊飯器買いたいわ。
今のやつ、内釜のコーティング剥がれてきてるし。
「……あのさ」
ヨウスケが、読みかけのジャンプを閉じて言った。
「これ」
テーブルの上に、無造作に袋を置いた。
ラッピングもされていない、ユニクロの袋だ。
「え、何?」
「クリスマスプレゼント」
「……え?」
嘘でしょ。
用意してたの?
そういうのしない協定じゃなかったっけ?
「……開けていい?」
「おう」
中身を見る。
出てきたのは、極暖ヒートテック(黒)と、モコモコのルームソックス(グレー)。
実用的すぎる。
色気ゼロ。
ときめき要素皆無。
でも、今の私には一番必要なものかもしれない。
最近「寒い寒い」って言ってたのを覚えてたんだろうか、いや、単に自分が寒がりだからついでに買っただけかもしれない。
「……ありがとう」
「おう。サイズ合うか分かんねーけど」
「合うよ、多分」
Mサイズ。
合ってる。
私の体型、ちゃんと把握してるんだ。
ちょっとだけ見直した。
「……私からは、これ」
私も立ち上がって、クローゼットの奥からガサゴソと袋を取り出した。
実は用意していた。
何か言われた時のための保険として。
渡したのは、ドラッグストアの袋。
「はい」
ヨウスケが中を見る。
出てきたのは、『きき湯(肩こり・腰痛用)』の大ボトルと、蒸気でホットアイマスク(ラベンダーの香り)。
「……お前、これ」
「最近、肩痛いって言ってたから」
「……ババアのチョイスだな」
「なによ。あんたこそヒートテックってジジイじゃん」
二人して笑った。
乾いた笑いだけど、嫌な感じじゃない。
ジュエリーも時計もない。
あるのは「防寒着」と「入浴剤」。
労り合いだ。
愛というより、介護に近いかもしれない。
「互いに風邪引かずに冬を越そうね」という、生存戦略的なパートナーシップだ。
「……早速使うわ」
ヨウスケがホットアイマスクを開封する。
袋を破る音が響く。
アイマスクを目に着けて、ソファにもたれかかるヨウスケ。
間抜けだ。
シュールすぎる。
クリスマスの朝に、彼氏が目の前で蒸気を目に当てて「あー、効くー」とか言ってる。
ロマンチックの欠片もない。
けど、その無防備な姿を見て、私は少しだけホッとしていた。
もしここで、4℃のネックレスとか出されてたら、逆に引いてたかもしれない。
「愛してる」とか言われても、どう返していいか分からない。
でも「あー、効くー」なら、「よかったね」って返せる。
その軽さが、今の私にはちょうどいい。
「……ねえ」
「ん?」
ヨウスケはアイマスクしたまま答える。
「ケーキ食べる?」
「あるの?」
「コンビニスイーツだけど」
「食う」
ヨウスケがアイマスクをずらして、片目だけ出してこっちを見た。
「コーヒー淹れて」
「自分でやりなよ」
「目が見えねーもん」
「嘘つけ」
文句を言いながらも、私はキッチンに向かう。
お湯を沸かす音。
コーヒーの粉を開ける匂い。
日常だ。
昨日の夜も、一昨日の夜も、きっと明日も明後日も続く、変わらない日常。
特別なことは何も起きない。
劇的なプロポーズも、涙の別れもない。
ただ、ヒートテックで暖められた体と、入浴剤でほぐされた肩があるだけ。
コーヒーを二つ持ってリビングに戻る。
ヨウスケはまたアイマスクを戻して、口半開きで寝ていた。
「……寝るなよ」
小声でツッコミを入れて、私は一人でコンビニのロールケーキを食べた。
甘い。
スポンジがふわふわだ。
テレビの中では、街頭インタビューでカップルが「幸せです!」って叫んでいる。
どうぞお幸せに。
私はこっちの、地味で、映えない、肩こり解消クリスマスで十分だよ。
そう思いながら、コーヒーをすすった。
少しぬるくなっていたけど、それがまた心地よかった。
(つづく)
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