後編
【元永美乃里】
昨日のクリパをすっごく楽しみにしていた。
気になっている男子と、もっとお話ししたかったから。
彼のことが気になったのは、春にクラスでカラオケに行く途中だった。
赤信号でみんなと笑いながら待っていたら、彼一人がみんなと離れて、
右の横断歩道を渡っていたんだ。
えっ!って思ってよく見れば、腰の曲がったお婆さんの荷物を持っていて、
そのお婆さんの横断を待つ車に、ほほ笑みながらペコリと頭を下げていた。
カラオケ店に10分ほど遅れてやってきた彼。
「あれくらい年上がタイプなのか!」
ってクラスメイトに揶揄われると、
『自分のお祖母ちゃんに似ていて、放っておけなかったんだ。
お礼に飴ちゃんをもらったよ』って朗らかに笑っていた。
私には出来ないことをさりげなくやっていたから、
その後、彼のことが気になるようになっていた。
期待していたクリパは、親友の女子2人と、男子3人グループにずっと囲まれたまま、気になっている男子とは一言も話さず終わってしまった・・・
しかも、それで終わりじゃなくって、親友2人と、男子3人グループで
2次会に行くことになったんだ。気になっている男の子抜きで・・・
親友たちに誘われると嫌とはいえなかった。
6人でゲームセンターに行って、みんなでプリクラを撮ったり、
ゲームで勝負したりして、それなりに楽しんでいたんだけど、
気が付いたら南木竜之介くんと二人っきりになっていた。
そして・・・
「美乃里、好きだ!俺と付き合ってくれ!」
南木くんはカッコよくて、面白くて、いい人だと思うけれど・・・
隣の席となってかなり仲良くなったのに、まだ『元永さん』って呼ぶ彼のことが
頭に浮かんだ。
だから・・・
「少しだけ、考えさせてください」
1日経って、冬休みの宿題を広げているけど、全く手が付かなかった。
どうしよう・・
困っているけれど、相談する相手はいなかった。
実は、計画どおりだったみたいで、昨日、みんなと別れるやいなや
「南木、どうだった?」
「カレシ、いないんでしょ?」
「付き合ってみたらどう?」
「南木と付き合えるなんて、勝ち組じゃん!」
親友たちから、こんなメッセージが届いたんだ。
事前に、気になっている男子のことを相談すればよかった。
彼は、クラスでは普通だし、まだ私の気持ちもぼんやりとしていたから、
相談できなかったんだけど・・・
はぁ、どうしよう・・・
ふと気づけば、私の右手小指に『赤い糸』がくくられていた!
なんで?いつの間に?
取ろうと思ったけれど、取れない!それどころか、触れない!
どういうこと?
ともかく、その『赤い糸』は家の外まで、家のず~っと向こうまで続いていた。
私は『赤い糸』がどこに、誰に繋がっているか気になったので、
追いかけることにした。
誰とも繋がらないまま、電車に乗ることになったのはびっくりしたけれど、
彼の最寄り駅に来た時は凄く期待してしまった。
だけど、『赤い糸』はずっと向こうまで続いていて・・・
がっかりしていたら、稲次くんがこの電車に飛び乗ってきた!
しかも、彼の左手小指には『赤い糸』がある!
だけど!
彼と繋がっていない!なんで!
【稲次真悟】
楽しくおしゃべりしていたんだけど、3つ目の駅で停車した時、
気づいたら『赤い糸』はホームへ伸びていた。2本とも。
「「・・・」」
美乃里と見つめ合い、慌てて二人、ホームへ降りた。
夕暮れが近づいていて、西の空はオレンジに染まっていた。
2本の『赤い糸』はずっと並行のまま、ホームから改札の方に伸びていた。
いよいよ、ゴールが近づいて来たか・・・
俺の『赤い糸』が何と、誰と、繋がっているかのドキドキは確かにあるが、
美乃里の相手が俺じゃないっていうガッカリ感が半端ない。
俺の左手小指と美乃里の右手小指、距離はほんの10センチほどなのに、
気持ち的には果てしなく遠い。
追加料金を支払って改札の外に出ると、2本の『赤い糸』はまっすぐ西へ向かっていた。
夏にパリピが騒いでいる海岸方面か・・・
もしかして、俺たちの相手は初対面のパリピだったりして・・・
嫌だ!美乃里がパリピとなんて嫌すぎる!
西への道を睨んで立ちすくんでいたら、美乃里が俺の肩をトントンと叩いた。
「ねえ、稲次くん。喉が渇かない?チョコのお礼に飲み物奢るよ」
期間限定・イチゴ味のチョコは確かに美味しかった!
だけど、そのせいで喉が渇いている!
ニコニコしている美乃里に素直にお礼を言った。
「ありがとう」
いつもなら、コーラかカフェオレなのだが・・・
口の中が甘いのと、美乃里が奢ってくれるって甘さが・・・
ここは、ブラックコーヒーだな。
もちろん、美乃里に対してカッコいい所を見せたいこともある。
・・・ブラックコーヒーってカッコいいよね?
「いつもなら、ミルクティなんだけど・・・」
と呟きながら、美乃里が掴んだのは午後ティストレート(無糖)。
もしかして、俺と同じ考え方?
もしかして、俺たち、相性いいんじゃない?
『運命の赤い糸』は繋がっていないけど・・・
コンビニの外に出て、ブラックコーヒーを一口飲んだ。にがっ!
ふぅ。
俺の左手小指、美乃里の右手小指から伸びる『赤い糸』はやはり、
西の方へ平行に伸びていたので、西へ向かって歩き出す。
「これって海岸の方だよね?」
「そうそう、夏はパリピがいっぱいって噂の」
「あ~っ、大騒ぎしてるって聞いたことある!じゃあ、冬はどうなんだろう?
やっぱりパリピがいっぱいいるのかな?」
「いないでしょ。パリピは冬は室内だよ」
「本当に?」
「いや、偏見で言ってる」
「ひどっ!うふふ!」
そんなくだらない話が心地いい。
この旅が終わらないといいのに・・・
大きな道路を横断すると防砂林があって、『赤い糸』はその防砂林の向こうへ、
2本並行して伸びている。
ずっと、平行。交わることはない。はぁ。
空がかなり薄暗くなってきていた。
美乃里と二人、黙ったまま防砂林を抜けると南北に砂浜が広がっていて、
その向こう、西には広大な海が見えた。
2本の『赤い糸』は平行したまま砂浜をまっすぐ貫いて、海に入っていた。
はぁ?
どういうことよ?
もしかして、相手は竜宮城の乙姫さまか?亀は迎えに来てないぞ。
俺は左手小指の『赤い糸』に触れようとしたが、やっぱり触れなかった。
「きれい・・・」
美乃里のうっとりとした声が聞こえた。
美乃里の見つめる西を見てみれば、水平線に太陽が今、まさに沈んでいく所だった。
沈みゆく太陽が最後の力を振り絞って空をオレンジ色に、美しく染めていた。
ずっと向こうまで広がる、暗い海面に太陽からオレンジの光が少しずつ伸びていって、ついにオレンジの光が暗い海面を真っ二つに切り裂いた。
「・・・ほんとだ。こんな綺麗な景色、初めて見たよ」
「・・・うん、私も」
「・・・来てよかったね」
「・・・うん」
美乃里と二人、時間を忘れて美しい日の入りに見惚れていた。
そして太陽が沈んでしまうと、空はどんどん暗く、海面は真っ黒に染まってしまった。
!!!
足元がぼんやりと赤く輝いてきた!
海へと伸びている2本の『赤い糸』の輝きが増している!
その輝きは、神秘的なほど美しい・・・
その2本の『赤い糸』の輝きがドンドン増して!
ピカッ!
ほんの一瞬、音も無く爆発的に輝いた!
だけど、すぐに、その輝きは小さくなっていく。
気になって、左手を挙げてみれば、俺の小指の『赤い糸』が輝いていて!
美乃里が右手を挙げてみれば、やっぱり、その小指の『赤い糸』が輝いていて!
俺たちの『赤い糸』がいつの間にか繋がっていた!
ずいぶん短くなっていて長さは1メートルほど!
「マジか!」
「うそっ!」
『赤い糸』がさらに、少しずつ短くなっていく!
そして、短くなる『赤い糸』に引っ張られて、俺の左手と美乃里の美しい右手が繋げられた!
俺たちの手が繋かったことで、くっついた『赤い糸』は
線香花火の最後のようにパチっと輝くと静かに消えてなくなっていった。
日が暮れてしまった薄暗い中で、俺と美乃里は上向きに手を繋ぎ、
至近距離で見つめ合っていた。
美乃里の瞳は潤んでいて、その表情は喜びに満ち溢れていた。
好きだって気持ちが溢れた。
「元永さん、好きだ」
!!!
美乃里の目が大きく見開かれた。
そして・・・
繋いでいる美乃里が、その手にぎゅっと力を込めた。
「私も、稲次くんが好き」
!!!
「・・・ホントに?」
信じられず尋ねると、美乃里は恥ずかしそうに肯いた。
「うん・・・ホントに・・・」
「ねえ、幸せすぎて信じられないから、俺のほっぺた、つねってくれる?」
「うふふ、いいわよ」
笑いながら美乃里が俺のほっぺたをきゅっとつねってくれた。
「・・・どう?現実だってわかった?」
「いや、全然痛くなくて、めちゃくちゃ甘いから、夢だと思う」
「うふふ!甘いって!・・・ねえ、もう夢の中ってことでいいじゃない!
夢なんだから、思いっきり楽しいデートしようよ!まずは、ディナーがいいな!」
「いいね、それ、最高!
ああ、でも今日はクリスマスだし、オシャレな店は空いてないかも・・・」
「そんなの、稲次くんと一緒ならどこでもいいよ!
駅前にファミレスがあったでしょう?そこにしようよ!」
ああっ、なんていい子なんだ。
こんな子の恋人になれるなんて!最高だ!
俺たちは手を繋ぎなおして、元の道を歩きはじめた。
「ねえ、名前で呼んでいい?」
「もちろん、いいよ」
「美乃里」
「真悟くん」
ふふふ!
俺たちは幸せ一杯の笑顔を浮かべて、手を繋いだまま同じ歩幅で歩きだした。
気が付いたら、小指に『赤い糸』が巻き付いていた件 南北足利 @nanbokuashi
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