第6話
深夜のドラッグストアは、広すぎる。
通路が長い。
目的が薄まる。
俺は入口で立ち止まる。
前回は奥まで行った。
戻るのが面倒だった。
今日は手前。
判断は早い。
たぶん間違っている。
歯ブラシの棚を見る。
種類が多い。
選択肢が多いのは、危険だ。
前回は一番安いのにした。
毛が硬かった。
歯茎が痛んだ。
今日は「ふつう」。
学習したつもり。
手に取る。
軽い。
頼りない。
(前のほうが、まだマシだったか)
まだ買っていない。
今ならやり直せる。
だがやり直さない。
彼女は、化粧品コーナーにいた。
鏡が多い。
光が強い。
「こんばんは」
「どうも」
今日は目が合う。
珍しい。
彼女はリップを見ている。
色は薄い。
選び方が慎重。
(なるほど。
今日は隠す日だ)
俺は棚を一つ戻る。
デンタルフロス。
必要かどうか、分からない。
前回は買わなかった。
後悔した。
たぶん。
今日は買う。
糸が細い。
彼女が言う。
「これ、前と違いません?」
俺の手元。
歯ブラシ。
「ええ。硬すぎたので」
説明してしまった。
余計だった。
「そうなんですか」
彼女は興味を失う。
切り替えが早い。
(今回は、深追いしない)
レジに向かう。
二人とも同時。
前回は時間をずらした。
今日は重なった。
セルフレジ。
空いている。
俺はバーコードを通す。
反応しない。
角度。
違う。
もう一度。
音が鳴る。
彼女は一発で終わる。
袋が小さい。
「お先に」
「どうぞ」
袋詰めで、手が止まる。
歯ブラシが長い。
収まりが悪い。
外に出る。
夜は静か。
風がない。
並んで歩く。
短い距離。
彼女が言う。
「最近、選ぶのが疲れるんです」
理由は言わない。
俺も聞かない。
(仕事だな。
いや、違う。
生活だ)
俺は考えた末に言う。
「減らせばいいと思います」
的外れ。
分かっている。
彼女は少しだけ笑う。
すぐ消える。
「それができたら、楽ですね」
別れ際。
立ち止まる。
俺は最後に言う。
「歯ブラシ、替え時は早めがいいですよ」
知っている。
今さらだ。
彼女は何も言わない。
手を振る。
俺は帰る。
袋が軽い。
家で歯を磨く。
毛が柔らかすぎる。
磨いた気がしない。
(前回のほうが、まだマシだった)
《これは、誰も生き残る必要のない話である。》
(次は、安いものでいい)
鏡の中の俺は、少し遅れて頷いた。
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